ゼノヴィア
「失敗したな」
「……使い魔で御身の姿を覗き見ようとした奴らが悪いのです!!」
そうはならないでしょう。
俺は傍若無人なことを叫ぶゼノヴィアを横目で見ながら、反省する。確かにこんな怪しい洞窟に入ってくる奴はいない。魔術師がいるなら、使い魔を飛ばす。俺も同じ状況になればそうするだろう。
焦って使い魔を潰して、魔術の痕跡で存在がばれるなんて、あまりにお粗末すぎる。この時点で、作戦は半ば崩壊していた。
ゼノヴィアにいい所を見せたくて作戦を組んでみたが、やっぱり俺にこの手の才能は無いな。もしもエリスイスがいれば、完璧に奴らを罠に嵌めてくれていたのに……。
「いっぱい揃えたんだけどな……」
俺はこの一月ちょっとで増えた使い魔の中で、お気に入りの奴らを連れてきていた。気体に肉体を変え、体内で粘液状に戻る突然変異の
潜ませておいた奴らで、魔物を追い込み、奴らの行く手は阻んでおいたが、あの強さなら大して足止めにもならないだろう。
すごい速度で下っているし、そう遠くない内に
「ゼノヴィア。野営地の奴らは山を下りてる5人と比べてどう?」
その言葉に、ゼノヴィアは美しい黄金の瞳に魔力を集わせ、しばらく考え込む。
「そう、ですね。一名、比類するものはいますが、残りはゴミです」
彼女は、この位置からは絶対に見えない敵の強さを言い当てる。
『龍の魔眼』だ。千里眼ぐらいは含んでいるのだろう。
「うん。なら、その一人意外の野営地の奴らを殺してきてくれ。なるべく原型は留めた感じで」
「畏まりました」
俺の命令を聞いたゼノヴィアは顔を喜色に染め、恭しく頭を下げる。
俺に命令をされたことに喜んでいるのか、それとも殺戮に酔っているのか。
邪悪に吊り上がった頬とそこから覗く牙は、残酷に歪んでいた。
「それと、炎は使わないでくれ」
「……?はい。分かりました」
ゼノヴィアは命令の意味が分からず、眉をハチの字にして困っている様子だったが、すぐに表情を切り替えた。
そして彼女の褐色の背中から、一対の翼を生やす。鋭いかぎづめがついたそれは、まごうことなき『龍の翼』だ。
「では、行って参ります」
彼女はすさまじい速度で、洞窟の外へ飛んでいった。
「君が炎を使えばすぐに終わるからな。それ以外の能力を見たいのさ」
これは、彼女の性能試験でもある。炎は生まれた時に見せてもらったが、それ以外の能力はまだ知らない。
俺はワクワクしながら、使い魔に視界を移した。
□□□
ゼノヴィアは翼を開き、宙を飛ぶ。龍は、翼で空気を叩いて飛ぶのではない。翼に『飛翔』という概念を宿し、空を泳ぐのだ。
ゼノヴィアは凄まじい速度で山を下りる。
「あれが主様に恥をかかせたゴミか」
雲の上から山を下る人影を見つける。雑魚に手こずりながら山を駆け下りる姿は、人間界の強者には見えない。
「所詮、サルね」
とても主様と同じ種族には見えない。地を這い、主の威光にひれ伏すのが当然の劣等種だ。もしあれらが主の慈悲を乞うのなら、生かしてあげるのも面白いかもしれない。そして、生の喜びが滲む顔を踏みつぶすのだ。きっと主様もお喜び下さるはず。
だがそれよりも前に、雑多な奴らを処分しよう。
宙で切り返し、真下へ飛翔する。そしてそのまま、地面を踏み潰した。
爆音。岩盤が割れ、土煙と降り積もった雪がひっくり返り、辺りへ巻き散らかされる。不幸にも、彼女の着弾地点にいた者たちは、あまりの衝撃に悲鳴すら上げられず、肉片へと変わった。
「邪魔ね」
蠱惑的な声が爆心地から聞こえ、次の瞬間、暴風が吹き荒れる。
「うおぉぉおっ!なんだ…!!」
身体を支え切れずに吹き飛ぶものがいる中、誰かの困惑した声が響く。
そして彼らの困惑は、圧倒的な美に塗りつぶされた。
「す、すげぇ」
誰かの魂が抜けたような声が聞こえる。
土煙が晴れた場所にいたのは、蠱惑的な美を纏う美女だった。
褐色の肌に白銀の美しい長髪は、染みや汚れの一つもなく、人外の美を宿している。その男の視線を釘付けにする起伏の激しい肢体は、布のような民族衣装で部分的に覆い隠されているだけであり、深い谷間も、長く柔らかそうな足も大部分が露出している。
身を飾る数多の装飾品も、彼女の美を引き立てるパーツに変わっている。だが、何よりも目を引くのは、頭部に生えた角と尻尾だ。
銀の長髪の隙間から覗く黄金の双眼が、一同を睥睨する。その爬虫類のような瞳は上位種が劣等種を見下ろす王者の眼差しだ。
「まあまあいるわね」
彼女はめんどくさそうに呟く。野営地の指揮を任された副団長のマレタは、彼女の足元に散らばる人体のパーツを見て、彼女が敵なのだとようやく意識で来た。
「せん――」
戦闘準備、と言おうとしたが、その言葉を言い切ることは出来なかった。なぜなら、彼女の四肢は、一呼吸の内に絶たれたためだ。
鮮血をまき散らす切断面を呆然と見ながら、彼女は地に倒れ伏した。
白雪のような銀のカットラスが瞬き、数人を纏めて両断する。その一撃は、踊るように軽やかで、斬られたことにも気づかせない。遅れて切断面から血が噴き出し、白雪を染め上げた。
「ば、化け物!?」
慄く声が発せられ、周囲から攻撃が飛んでくる。弓矢、投石、炎、氷、雷、思念波、拘束魔術に投げ槍。多種多様な攻撃が、集団の中央に立つゼノヴィアに浴びせられる。
だが、そのすべては届かない。ゼノヴィアが発動させた精霊魔術により、魔術も武器も小さな嵐に弾かれる。
「あはっ」
つい、笑い声が漏れる。
攻撃を浴びせる全てのものが、その瞳に恐怖を宿し、私が倒れることを祈っている。
そんなこと、できるはずがないのに……!
とはいえ、大した敵もいない。私に斬り掛かる度胸があるものはおらず、遠距離から攻撃を浴びせるか、臆病者は逃げ出し始めている。
「それはダメよ」
ゼノヴィアは、逃走を始めた敵に突撃する。尾で邪魔ものを薙ぎ払い、骨と肉をへし折りながら、その線上にいたすべてを轢き殺す。
「やめろ、やめろ、やめろ…!くるにゃああっつ!」
「いーや」
ゼノヴィアは鎧の下で恐怖に顔を歪ませる少年騎士の頭を掴み、振り回す。
「ぎゃあああッツ!いた、痛いいいぃぃッ!」
足が地面に擦れ、へし折れる。斜めに曲がった膝から血をまき散らしながら、彼女は少年騎士と踊る。
「ふふふっ。ほら、飛びなさいよ」
ゼノヴィアは回りながら手を放す。すると、鎧と合わせ総重量100キロ近い人体が飛び、数人を巻き込みながら地面を滑る。
「……終わりなの?」
残った者たちは、逃げ出すこともできず、諦観と絶望を張り付けたまま立ち尽くしている。誰かの取り溢した刃が、乾いた音を立て、地面に転がった。
「なら死になさい」
ゼノヴィアは手を伸ばし、術式を描く。形作る魔術は精霊魔法。まだ、魔術と魔法の分類がされる前より受け継がれる
膨大な魔力を対価に精霊を使役し、自然を統べる。大地が蠢き槍と化す。
「ギッ」「いやだぁッ」「まっ」「ギャアッ」「かあさ――」
幾本もの槍が冒険者と騎士の肉体を貫き、血の花を咲かせた。モズの早贄のように、人間が串刺しにされる。それだけで、生きている者はいなくなった。
「弱いわね」
生贄から絞り出された血液が、真っ赤な雪を作り出す。綺麗な薔薇の絨毯のように大地を彩るその光景は、悍ましくも美しい。
「見ていただけましたか?主様。あなたにこの光景を捧げます……」
ゼノヴィアは、血の海の真ん中で恭しく頭を下げる。
それを見ていたゼノンは、ドン引きしていた。
「捧げられてもね……」
どうしろってんだよ。写真で取ってインスタに上げればいいのか?映えないよ。
俺は心を鎮めるために、足元に擦り寄ってきた竜鱗虎を撫でる。喉を撫でるとゴロゴロ鳴いた。可愛いな、こいつ。バカでかい竜みたいな虎だが、意外と人懐っこい。インスタに上げるならこっちだな。インストールしたことも無いけど。
だが、ゼノヴィアの強さは理解できた。龍の身体能力に黒妖精人の持つ精霊との適応率。そしてそれを使いこなす彼女の天性の感覚。龍の炎なしでも一級品の戦力だ。
敵を嬲る残虐性は、俺への神格化と龍の持つ本能の影響かな?龍は捕らえた獲物を弄ぶ習性があるみたいだし。
「お疲れさま、ゼノヴィア。次は山から下りてくる5人組を倒してくれ。生け捕りでね」
使い魔のカラスを通してゼノヴィアに指示を出す。すると、彼女は使い魔に向かって頭を下げた。忠誠心強すぎないか?ちょっとやり辛いんだが……。
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