抜け穴

数週間後、ザレス達はデルウェア帝国最北の村、ネネス村に辿り着いた。

正確にはだ。


「ひどいわね」

村の惨状を見たララシーマが、蒼白に染まった顔で言葉を溢す。

崩れ落ちた建物、血に染まり黒ずんだ跡が残る地面。

だが、血を溢した死骸だけはない。すべて、魔物たちが食らい尽くしたのだろう。


「どうか、安らかに」

聖職者のエリーンが、聖人教の証を握りしめ、死者の安寧を祈る。

「何があったんだ?」

デックが問う。その瞳は、この場で唯一、村の惨状に驚いていないザレスに向かう。


「一月前、徴税官がこの村を訪れた時にはもうこうなっていたそうだ。ここに来るまでの道中でも、魔物の数が多かった。厳冬山脈で繁殖した魔物が、山を下りてきたのかもしれないな」

「これも、アリスティア家の差し金かね」

「そこまでは分からないが、魔物が増えた時期は、トレシア達、調査隊が壊滅した時期と被る」


分からないとは言ったが、ザレス自身もアリスティア家の仕業だと確信している。

敵が侵入したすぐ後に魔物が増えるなど、あまりにアリスティア家に都合がよすぎる。

そして、改めて思い知る。アリスティア家の底知れぬ力を。半島の防衛を強化するためだけに魔物を増やし、潰れる村のことは気にすらしない。


(神でも気取っているつもりか……)

「…胸糞わりぃ」

「倒せるのなら、俺達で倒そう」

父の命令で来ただけだったが、ザレスは己が胸中に、義憤の炎が宿ったことを感じた。


一同は山脈に入る前に、村のはずれで一夜を過ごすことを決めた。

村の中に入らなかったのは、死人の出た場所で寝泊まりするのを、皆避けたかったからだ。


討伐隊は、騎士たちと冒険者で大雑把に分かれ、各々で火を囲んでいる。そして、彼らを大きく囲うように、聖別の施されたチョークで線が引かれている。

その線は、エリーンを含む神官数名の祝福を受け、魔物避けの効果を発する。


ザレスは、『破弓の団』の野営地に混ざって、食事をとっていた。食事と言っても、シンプルなものだ。雪を鍋で溶かしてお湯を作り、塩と干し肉、そしてそこらで取った山菜を入れるだけのシンプルなスープだ。

本来、この辺りの気候ではろくな山菜は育たないはずだが、エリーゼ半島に近いこの地では豊富な動植物が見られる。


誰もがこの地を欲しがるはずだと、ザレスは濃いスープに浮かぶ緑の野菜を見て、そう思う。

魔物を操り、村を潰したことは、許しがたい凶行だ。だがそれでも、彼らも自身の土地を守るために必死なのだろう。


他人の土地に攻め入る私たちと、人死にすら無視する彼ら。いったい、どちらが間違えているのか。


ぱちぱちと弾ける炎を見ながら、ザレスはゆっくりとスープを飲み干した。焚火を囲む『破弓の団』のメンバーは各々の時間を過ごしている。

デックは弓の手入れをしているし、ドムは筋トレを、エリーンは食後の祈りをささげており、ララシーマはザレスと同様にスープを飲んでいる。


「泣き声か?」

デックの声でそれに気付く。遠方からすすり泣くような女の声が、梟の鳴き声に交じって聞こえてくる。不気味で、心臓に針を刺すような怖気を走らせる呪いの声だ。


「欠けし泣霊ですね。子を失くした母親の怨霊です。呪いに縛られ、あの世に旅立つこともできず、ただ悲しみ続ける存在……」

あの村の住人だったのだろう。それが今や、怨霊へと変わってしまった。焚火に深い沈黙が落ちる。それは、大声を出せない彼らの、精一杯の鎮魂歌だった。


「……みんな、付いて来てくれてありがとう。これからもよろしく頼む」

気付けば、そんな言葉が零れ落ちていた。

ザレスの言葉に一同の視線が集中する。4人とも、あっけにとられたような表情で、それが少し、面白かった。


「何だよ今更。村をみて怖気づいたのか?言われなくても悪趣味な魔術師なんて、俺の弓でぶっ殺してやるぜ!」

「……うむ。デックの言う通りだ。俺の盾で守ってやる」

「ふふ。ザレスさんを茶化してはいけませんよ、デックさん、ドムさん」

くすくすと楽しそうにエリーンが笑う。それにつられて、ザレスまでなんだかおかしな気分になった。


「はははっ。そうだな。怖気づいたのかもしれない。……ララシーマさんも、よろしく頼む。この先、あなたの魔術に助けてもらうことも多いだろう」

「……ええ。分かってるわ!任せなさいよ!」

語気は荒く、目が合った瞬間顔を背けられたが、その長い耳は僅かに赤く染まっている。照れているのは一目瞭然だった。


一つの炎を囲う仲間たちを見る。このメンバーなら、何も恐れるに足りない。騎士団と冒険者の士気も高い。この一団なら、悪名高いアリスティア家相手でも戦えると、ザレスは信じることができたのだった。



翌朝、ザレスは、全員を集め、これからの策を説明する。

「まず、私と『破弓の団』の4人で、抜け穴の存在を確認する。騎士団と冒険者たちは聖円の中で待機していてくれ。魔物が襲ってきた場合は、マレタ副団長、あなたに指揮をお願いする」


ザレスの言葉に、異論を唱える者はいなかった。ザレス達5人は、冒険者や騎士たちに声を掛けられたり、体を強く叩かれ、激励を受ける。

そして5人は、険しい山脈へ足を踏み入れた。


抜け道は、山を登ってすぐの場所にある。ザレスは、トレシアの遺言だという書状を確認し、大体の場所を確認する。時間にして、1時間ほどの場所だが、魔物が異常繁殖していることを考えれば、その倍の時間はかかると考えていた。


だが予想に反して、一同は強力な魔物に出会うことなく、抜け道があると言われている場所に辿り着いた。

それは、山の斜面に隠れるように空いた小さな洞窟だ。トレシアの遺言では、その洞窟の先にトンネルを発見したが、追い詰められ、なんとか使い魔を逃がしたと書いてあった。


「洞窟はあったが、トンネルの有無までは分からないな」

「ララに任せろ。彼女の使い魔なら、調べられる」

だろ?とデックはララシーマを見る。彼女は静かに首肯し、鞄を開く。すると中から、小さな文鳥が出てきた。


「私の使い魔よ。彼で洞窟を見てみるわ」

彼なのか、とどうでもいいことを思いながら、ザレスは頼むと短く伝える。

ララは瞳を閉じ、文鳥を飛ばす。鮮やかな文鳥は洞窟の暗闇の中に消えていった。

入って数十秒後、一同は武器を取り、戦闘態勢を取った。


「――ッ!使い魔との接続が切れた!」

「……だろうな。今のは魔術の反応だぜ」

一流の冒険者たちは、敏感に魔力が蠢く気配を感じ取った。洞窟の奥からだ。


「何されたのかも分からない!格上の魔術師!どうする!?」

焦ったようにララが言葉を紡ぐ。魔術師である彼女は、相対する相手の危険性を誰よりも感じていた。


「撤退だ!野営地に戻り、戦力を揃える!」

やはり、抜け穴は罠だった。ならば、戦力が欠けた状態で戦うべきではないとザレスは判断する。

彼の命令を聞いた一同は、瞬時に駆け出し、山道を下っていった。だが――


「――ッ!魔物!?何でいきなり!」

ザレスは駆け下りざまに狼の魔物を切り捨てる。だが、キリが無い。行きは全くいなかった魔物たちが、一斉に湧き出てきたような異様な数だ。


「全員集まれ!」

バラバラに走っていた一同は、デックの指示で背中合わせになる。

「ダイアウルフ、ラビットスパイク、粘液生命体、レイスにスケルトンまで…より取り見取りだな」

「すべてを相手にする必要はない。進路方向の敵だけ撃破だ!」


ザレスとドムが先頭に立ち、立ち塞がる敵を殺し、デックとララシーマが、遠距離攻撃持ちの敵を仕留める。どうしても防げない攻撃をエリーンの祈祷術が阻み、かすり傷を癒していく。

5人は行きとは比べ物にならないほど遅く、だが着実に山を下りて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る