道中

ザレスが父であるデッド辺境伯よりアリスティア家討伐を言いつかってから一月経った。

春も近くなり、街道に降り積もった雪も解け始めた頃。

ザレスは騎士団を従え、フォレスト都市を発った。馬に乗った彼の後を鎧姿の騎士50人が馬に乗って付き従い、さらにその後ろからバラバラの格好をした者たちが付いて来ている。


彼らは冒険者だ。数は20人ほど。だが、ザレスが声を掛けた者たちで、その実力は確かだ。この先は、魔物の数も多い。彼らの手助けは不可欠だった。


先頭を行くザレスの隣に立つのは、『破弓の団』。リーダーのデックはフォレスト都市でも4人しかいないシルバーランクのひとりであり、北方一の弓使いである。

彼はその鋭い五感を使い、斥候としての役割も担っている。


「それで、本当なのか?抜け道ってのは?」

アリスティア討伐隊の総数は70人。

皆、選りすぐりの戦士たちだとしても少なすぎる。


その理由は、ザレスが父から受け取ったにある。

そこにはトレシアの筆跡で、家族への感謝と、調査隊が見つけた山脈を抜ける抜け穴の場所について記されていた。父が言うには、トレシアに与えた使い魔が持って帰ってきたそうだ。


あまりに多くの人間を連れて行けば、アリスティア家の警戒網に捕まる。そのため、少数精鋭で抜け道を通り、急襲する。それが今回の作戦だ。


デックがわざわざ抜け道のことを確認してきたのは、彼が抜け道の存在に懐疑的だからだろう。そして、それはザレスも同じだ。

「抜け道が無ければ引き返すだけだ。70人で山脈越えは無理だからね。情報通り、抜け道があれば入るしかないけど」


ザレスもまた、抜け道などないと考えていた。それはトレシアの遺言状にある。トレシアは父に懐いていたが、ザレスを毛嫌いしていた。そんなトレシアが、遺言に家族への感謝など書くはずがない。

恐らく敵の罠だが、デッド伯爵に言っても意味は無い。彼はトレシアの遺言を信じ切っているし、今回の侵攻にも、ザレスが命令を果たすように騎士団のお目付け役もいる。


なら、踏み越えるだけだ。こちらを罠に嵌めたと思っている相手を逆に罠に嵌める。それが、ザレスの作戦だった。それが可能なだけの人間を集めたとザレスは確信している。

情報が漏れるのを防ぐため、誰にも言っていなかったが、ここまでくれば話してもいいだろうと考え、デックに教える。

話を聞いたデックも深く考え、ザレスの策を認めた。


「……それならいけるかもな。騎士団とも連携を取る必要があるが」

「それは後で決めよう。とりあえず……」

「ああ、そうだなッ!」

デックがおもむろに矢をつがえ、放つ。空気を切り裂く轟音と共に放たれた矢は、草陰に隠れていたゴブリンの頭蓋を打ち砕いた。


「魔物だ!戦闘準備!」

一団が弾かれたように動き出す。騎士は馬から降り、剣を引き抜き、血気盛んな冒険者たちは、すでに隠れ潜む魔物へ攻撃を加えている。

隠れ潜む意味がないと覚った魔物たちは、次々に街道へと這い出てくる。


「ゴブリン、ゴブリンアーチャー、スターウルフに、オークか。あれが統率者だな」

巨大な棍棒を持ったオークが、地面を叩き、魔物たちを送り込んでいる。3メートルを超える背丈に、肥大化した身体。


だがそれは、脂肪ではなく、柔軟な筋肉が折り重なったものであることを、ザレスは経験から学んでいた。断ちにくく、油で武器を鈍らせる厄介な体に、その巨体。知能は低いが弱点らしい弱点も無い強力な魔物だ。

そしてボスらしきオークの側には、少し小柄なオークが付き従っていた。


「番か。…俺たちがでかい方をやるから、お前は小さい方を頼むぞ」

「ああ、まかせてくれ」

ザレスは腰から銀の剣を引き抜く。ザレスの前を、『破弓の団』のメンバーが掛けていく。戦士のドムが雄たけびを上げ、オークたちの注意を引き付ける。


ドムに向かっていく二体のオークだったが、雄のほうが身体能力が高いのか、二体の距離は開く。

そこで、デックが仕掛けた。引き絞った大弓から放たれた矢が、雄の瞳に吸い込まれるように突き刺さり、絶叫を上げさせる。


そして魔術の構築が終わったララシーマが、高らかに魔術名を唱え上げる。

「〈森妖精の大壁〉」

オークたちの間に植物の壁が立ちふさがる。3メートルを超える巨大な壁は、容易に崩すこともできない。


(流石だ)

完璧な連携。全員が役割を理解し、淀みなく動いている。

雌のオークの前に立つザレスの体に、温かな光が降り注いだ。

眼球の動きだけで横を見ると、エリーンが杖を構え、こちらに向けていた。


「祈祷術の〈守り〉か。助かる」

一度だけ、攻撃を防いでくれる神秘の鎧だ。ゼノンは剣を握りしめ、全身に魔力を装填する。強化された肉体で、地面を蹴り、オークとの距離を詰める。

この程度の相手なら、『武技』は必要ない。


『ごおおおぉぉおお!』

オークが叫び繰りながら、手に持った棍棒を振り下ろしてくる。それを鎧を身に着けているとは思えない軽やかな動きで躱す。

地面を砕いた棍棒を踏みつけ、飛びあがり、上段から振り下ろす。


「はあっ!」

怪物の血が舞い、汚らしい絶叫が響く。だが、断末魔の叫びではない。オークはでたらめに手を振り回し、暴れる。それにはたまらず後退したが、問題は無い。


ザレスは意識を集中させる。指を滑らし、銀の剣をなぞっていく。

描きし文字は、エオーのルーン。馬を象徴し、転じて軍靴と雷轟へと転ずる神秘の発現を。


「〈付与:落雷〉!」

ザレスのオリジナル魔術。銀の剣が帯電し、青白く輝く。ザレスは雷撃の剣を構え、再び突撃する。


「ふっ!」

狼狽えるオークの足をすれ違いざまに斬りつける。先ほどとは違い、僅かな抵抗感も感じずに、丸太のような足は焼き切れた。

再びオークは絶叫する。今度のそれは、痛みに怒る咆哮ではない。

命の危機に瀕した獣の鳴き声だった。


バランスを崩したオークは、ザレスを恐れるように後退する。だが、このオークは知らない。ザレスのエンチャントは、『落雷』だということを。

「〈解放パージ〉!」

起動句を唱え、剣をオークに向ける。剣から解き放たれた雷撃が、ザレスの指し示す方向に向け、一直線に伸びていった。

落雷特有の轟音が鳴り響き、オークの頭は消滅した。


「「うおおおおぉぉおおお!」」

討伐隊の歓声が上がる。リーダーが前線に立ち、戦い、強敵を打倒したことで、一団の士気は跳ねあがり、魔物たちを押し返す。


続いて『破弓の団』がボスを倒したことで、魔物の群れは瓦解し、討伐隊は、死者0、負傷者もヒーラーに治療されたことですぐに快癒した。

こうして、ザレス達は、寄せ集めの討伐隊の初陣としては、最良の結果を叩きだした。

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