魔女と料理

「ただいま戻りました」

俺は当主の執務室に入り、アリスティア家当主、アリア・アリスティアに賊討伐の報告をする。


エリスイスとの出会いから5年、この世界に来てから10年ほど経った。俺は今日も師匠に任された雑用を果たしてきた。


その部屋は、豪華さと実用性を兼ね備えていた。一つとっても、平民の一生分の稼ぎ以上の価値があるだろう調度品に囲まれ、わが師アリアは平然と書き物をしていた。


「そうか、ご苦労」

彼女は視線を上げることなくそう言った。出会ってから10年たったが、未だに彼女は若々しい20代ほどの容姿を保っている。


肉体の成長を止める不老化の術式をかけているのだ。

だが不死にはせず、人間であり続けるあたり、彼女の、いや魔術師の面倒な性が垣間見える。


神へと至るための階段は魔術で敷くものであり、人外の神秘を持って己を昇華させるのは異端の術。

その思いは理解できるものではあるが、俺は未だにそこまで純粋ではあれない。


悲願のためにはどんな手段も使うくせに、その手段は厳選する。本当に面倒な性だ。

だがそれでも、悲願に至りかけている師への尊敬の念はある。

絶対に口にはしないが……。

だって言葉のナイフで刻まれるし。オブラートって言葉知らない人だし。


「何を見ている?欲情したなら自分で処理しろ。クソガキめ」

ねぇ、何でこの人、こんなに口が悪いの?ちょっと見てただけでこれだよ。


まったく、これだからクソ異世界は。異世界に来て10年たっても可愛い幼馴染なんてできないし、美少女になる剣も無ければ、エロ優しい師匠もいない。

どうなってんだよ、この世界。優しくねえな。

前世には、オタクに優しいギャルはいたのに!

………いや、いなかったか。クソなのは現実だった。


「あれ?何書いてるんです?」

ふと、彼女が書いている物が気になった。


彼女とは長い付き合いだが、書き物をしている姿を見るのは初めてだ。いや、魔術師であるならば、研究成果や論文を書き記すことはあるのだろうが、それは全て、他者の眼の無い自身の工房で行うべき行為だ。


少なくとも、彼女は今までそうして来ただろうし、俺も師匠の工房は入ったことも無い。

だからこそ、何をしているのかが気になった。


「気にするな。ただの書き物だ」

彼女ははぐらかす。彼女は変わらず秘密主義で、孤高だ。


今まで魔術以外の会話は暴言と皮肉ぐらいだし、俺たちの間には師匠と弟子以外の何かは無い。だから教えてくれないことは分かっていた。それでも聞いたのは、何だろうか。

会話に飢えていた?いや、それならこんな不愛想な暴力魔人にはせず、メイドのミミレレさんか、緑爺さんにする。


「今日は妙に口数が多いな」

「こんなものでしょう。最近、師匠もおかしいし」

口にして、改めて分かる。そうだ、師匠は最近おかしい。何というか、慌ただしいというか忙しなく動いている。


「ふん。生涯おかしい貴様にそんなことを言われる道理は無いな」

何だよ、生涯おかしいって。先のことなんて誰にも分からないのに、ひどいいい様だ。


「そろそろ食事の時間だ。行くとしよう」

師匠はぱたりと本を閉じ、立ち上がった。食事だけはできるだけ一緒に取る。

どちらかが決めたわけではないが、初めて会ったときから今も続く習慣だ。


別段、食卓を囲み和やかな会話をする訳でもないし、その時間を大事にしているわけでもない。ただ、そうしているだけの、本当に文字通りの習慣だった。

だけど今日は違った。長机の食卓に座った俺たちに、メイドの一人が申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ございません。料理長がを起こしまして」

「あー、タイミングが悪いなぁ」

料理長の料理の腕は卓越しているが、悪癖もある。偶にしか出ないし、それが俺たちの食事の時間に被ることはほとんどないのだが、それが今出た。

俺は別にいいけれど、城の主たる師匠が何を言うか。メイドたちは緊張感を滲まし、師匠の答えを待っている。


「そうか。仕方が無いな」

そう言って、師匠は立ち上がった。今日の食事はお預けだ。誰かに適当な夜食でも用意してもらうとしよう。


「行くぞ、我が弟子よ」

「え?」

だが師匠は、なぜか俺に声を掛けた。


「どこ行くんです?」

「厨房だ」

「何しに?」

「料理だ」

「はぁ?」

料理ぃ?師匠が?…………何それ面白そう。

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