捕縛
「ふーむ。やっぱり静寂性を重視すると、距離に制限がかかるな。これ以上の性能を求めれば、術式を増やすしかないか……」
俺は氷像と化したガレスを見ながら、手元のノートに課題点を書き込む。第3階梯の魔術ではこの性能が限界かもしれない。
「ルーンを組み込むか?いや、ルーンは事象干渉力が強すぎて他の術式を阻害しかねない。やっぱり既存の積層型術式の組み方を変えるしかないか……」
第3階梯の魔術で、第5階梯並みの殺傷力を持つ魔術を作れ、なんて、師匠も中々の無茶を言う。無理難題とは言わないが、無茶無謀とは言われる類の妄言だ。
魔術は使用する魔術言語や術式の使用量によって、ランク分けがされている。魔術学院の定めた物のため、アリスティア家には関係ない話だが、一応の基準にはなる。
師匠の出した課題は、術式の量ではなく、組み合わせによる相乗効果で性能を引き上げろと言う意味だ。
現代の魔術は、『石を飛ばす』という魔術を作るには、石を浮かすという術式に拳大の物体を前面に飛ばすという術式と加速の術式を組み合わせることで作り出せる。
これが一番シンプルな形の魔術だが、その程度の組み合わせは皆やっている。師匠が求めているのは、より効率的に現象を書き換える術だ。そんなもの中々作れない。
「まったく、課題もあるのに侵入者が来るなんて……。面倒だ」
俺は氷像になった男を叩く。こんこんと硬質な手ごたえが返ってきて、魔術は成功したことが分かった。
「出ろ」
俺が命令すると、影の中から白い肉塊が這い出てくる。人の手を節足のように生やし、巨大な口を持つなめくじのような生物だ。いや、これは厳密には生物ではない。不死種に属する、いわゆるアンデットという奴だ。
これは、アリスティア家の錬金術で作り出した人工の死体に術式を刻み、操る術式型のアンデットだ。
死霊術。死者を使役し、操る秘術であり、学術都市により禁術指定された技だ。まあ、外の法は半島内には適応されない。だから死霊術もここでは合法だ。
「食って、保管しろ。壊すなよ」
肉塊は氷塊となった男を飲み込み、再び俺の影の中へ消えていく。こいつは脳も無ければ人格も無いので、俺がしているのは文字通り、人形に話しかけるやばい奴だ。
怨念式のアンデットなら会話も成り立つのはいるんだが、使役するのが面倒だからなあ。
「あと4人。一人は魔術師らしいから期待大だね」
俺は今している魔術の実験に役立ちそうな人員を思い浮かべ、笑みをこぼす。消音の結界を解き、俺は川から離れていった。
茂みをかき分け、進んでいくと、木々に囲まれた小さな広間に出る。そこには、4人の男が身体を休めていた。
「やあ。元気かい?」
ニッコリ笑顔を浮かべて、彼らに話しかける。前世で聞いた話だが、人は第一印象がその人の印象の8割を決めるらしい。俺は人に嫌われるよりは好かれたいので、なるべく穏やかな第一印象を心掛けている。
だが、笑みを浮かべた俺を、彼らは穏やかと認識してくれなかったらしい。
「何者だ!?リーダーはどうした!」
2人が弓矢を構え、一人が剣を引き抜き、背後の魔術師を庇うように立ち位置を変える。彼らは、川岸から来た俺を見て、リーダーに何かがあったと判断したようだ。
なるほど、中々の練度だ。状況判断も早く、一見非武装にも見える俺に最大限の警戒を払っている。アホそうな魔術師は状況を理解できていないが、冒険者たちはそんなトレシア君も守っている。
途中まで見た限りでは、仲は悪そうだったんだが……。
私情は挟まない程度には戦い慣れしているらしい。
まあ、俺に戦士の練度なんて分からないから適当だけど。銀のプレートってことはそれなりの冒険者なんでしょう?現代人の俺は分かりやすい価値でしか判断できないのだ。でっかいロゴの入ったブランド品以外、いらない。
「おい!聞いているのか!」
「ああ、すいません。俺はゼノン・アリスティア。魔術師です。……ガレスさんは先に私が住む城に案内していますよ。皆さんも来ればいい。目的地なんでしょう?」
ぼー、っとしてたら怒られた。親切に名乗ってガレスさんの居場所を教えたけど、彼は顔をますます険しくする。
「……ッ!どうしてリーダーの名前を知っている」
一番冷静な斥候が他の仲間を押し留めながら、会話を続けようとする。陣形が整うまでの時間稼ぎだろうが、乗ってあげるとしよう。
「君たちを監視していたからね。村に来た辺りからかな?」
「噓を言うんじゃない!村に監視は無いことは、この私、トレシア・ヴァン・フォレストが確認していた!」
わざわざ時間稼ぎをしてくれている斥候の気遣いを無駄にして、魔術師が吠える。斥候は、君に魔術の構築をして欲しかったと思うんだが……。
貴族のプライドは凄まじいな。
これほど魔術師に向かないイキモノは中々いないだろう。
「この鳥で?」
俺が手を伸ばすと、その腕に一羽のカラスが止まる。それを見た、魔術師の時間が止まる。
「…な、な、それ、は、私の使い魔…」
「使役術式に穴があったから貰ったよ」
俺に乗っ取られた魔術師の表情が屈辱と驚愕の色に染まった。
生物の脳に干渉し、親近感と忠誠心を芽生えさせる寄生術式。魔術そのものを虫のような疑似生命体に変え、操る術式は中々興味深い。
俺達アリスティア家の魔術にも似ている。恐らく、どこかの錬金術を祖に持つ支流の術式だ。
「くそっ!」
俺にこれ以上喋らせないように、弓を構えた一人が矢を放つ。飛んできたそれを顔を背けることで躱す。
だがそれは、ただの囮だ。冒険者は連携して獲物を狩ると知っている俺は、冷静に敵の攻撃を潰す。
「〈白晶結壁〉」
眼前に構成した水晶の壁に、剣が当たり、結晶の破片を散らす。凄まじい速度で接近してきた剣士が、俺に攻撃をしたのだ。顔は見えないが苦渋に歪んでいるのだろう。
鉄以上の硬度を持つ〈白昌結壁〉を砕くということは雑魚ではない。
彼らは首に掲げるプレートに相応しい強者たちだ。
「トレシア様!魔術を!」
「――ッ!分かっている!」
水晶の壁に阻まれた剣士は背後に下がり、一番後ろにいた盗賊が粉の詰まった袋を投げてくる。俺の頭上に達した瞬間、矢が突き刺さり、中身をぶちまける。
中身はなんだか分からないが、健康にいいモノではないだろう。
「〈風球〉」
第1階梯の風魔術で風の球を複数作り出し、粉の流れを操作することで、自分の元まで来ないようする。
目つぶしは失敗だが、俺の行動を一回潰せたのなら、大金星だろう。
「行きますよ!〈炎の舌〉!」
魔術師の炎魔術がまっすぐに伸び、障壁もろとも俺を貫こうとする。だがその程度の火力では不十分だ。込められた魔力量も術式の構成も雑だ。
まあ、こんなものだろう。大してみるべきものは無かったな。肉体性能もガレスさんが一番良かった。
俺はそんなことを、伸びてくる炎の舌を見ながら思う。のんきに考える時間があるのは、俺が魔装術を使い、身体能力を強化しているからだ。
この肉体の素の性能は低いが、魔力との適正は高い。流石はアリスティア家の作ったホムンクルス。魔装術を使えばほとんどの戦士は殴って倒せる。
だけど動くのは嫌だから魔術で終わらせよう。
〈氷悪魔の抱擁〉
俺が魔術を発動させた瞬間、眼前の全てが停止する。炎の舌はあまりの冷気に掻き消えて、4人は全員、氷像に変わった。
白雪に埋もれた小さな下草に霜が降り、その一帯だけ、冬が強まった。
静かに、だが確かにその場からは命が途絶えた。
これは先ほどガレスに放った魔術のオリジナルだ。
対象を指定し、冷気を叩きつけることで氷結させる第5階梯の魔術。
広く世界で知られている汎用魔術だが、やはり長い時をかけ、数多の魔術師が改良を加えてきた術式だけあって手を加える隙もほとんどない。
だけど、随分と通りが悪かった。
俺は氷像となった彼らの着ている毛皮の服を見る。
「耐魔力の服か。魔術師の住処に行くならその程度の備えはするか……」
刻まれた耐寒の刻印魔術と組み合わさり、余計に氷結魔術が効きにくかったみたいだ。使うなら、物質変化の魔術で串刺しにするとかがよかったかもしれない。
エリーゼ半島に引き籠り、魔術の研究だけをしていた俺には、戦闘経験が足りない。いずれは敵の装備や構成まで考えて、魔術を選び取れるようにならなければいけないだろう。
だけど今は、師匠のお使いを果たせたことにそっと胸をなでおろした。
「なんにせよ、あっけなかったね。……出ろ」
再び俺の影の中から出てきた白い肉塊が、残りの氷塊を飲み込んだ。よく見れば、その身体が少し膨れていることが分かる。こいつは運搬用のアンデットであり、体内には臓器の類や骨格は一つも無く、胃のような巨大な袋と蛇のような筋肉だけでできている。
「なんとか入ったな。よし、城に運んだあとは、保管室に入れておいて」
俺の命令を受けた肉体はすさまじい勢いで走り去っていった。
「俺も帰るうか」
指に嵌めた指輪の一つに魔力を流す。刻まれた魔術刻印が情報世界に術式を写し取り、現実が改変される。俺は眩い光と共に、山脈から姿を消した。
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