調査隊
石造りの建物が立ち並ぶ。暖気を逃さないために密封された窓から、微かな魔石灯の明かりが漏れ出ている。
赤い三角屋根には雪が降り積もり、どこか牧草的な雰囲気を醸し出していた。
ここは、セントラル大陸最北西にあるネネス村だ。
デルウェア帝国の端にある小さな村で、外部から来る人は、年二回やって来る徴税官ぐらいだ。
特徴らしい特徴と言えば、ここよりもさらに北に登れば、人類未踏の地エリーゼ半島があるぐらいのもの。
子どもたちが雪遊びをし、狩りから帰ってきた狩人たちが獲物をさばき、女たちが長い厳冬に備え、それを保存食に変える。
決して贅沢は出来ないが、北の森の豊かな資源のお陰で、小さな村一つ、食っていくことは出来る。
何もないが、穏やかな村。
都会に憧れる若者が冒険者になると村唯一の酒場で息巻くこともあるが、実際に出ていくものはほとんどいない。
皆、物足りない何かを感じながらも、家族の愛と自然の豊かさに恵まれながら、現状に一定の満足をしている。この世界では恵まれた部類の村だ。
そんな穏やかな時間が流れる村に五人の男が訪れた。魔術加工がされた毛皮の服を身に纏い、武器を携える様は、一般人には見えない。
遠巻きで彼らを眺める村人たちに、一団の中で一番若い男が舌打ちを漏らす。
「……歓待一つないとは。これだから下民は」
吐き捨てるように放たれたその言葉は、侮蔑に満ちていた。
だが、他の男達もそれを否定したりはしない。
ただ、リーダーらしき男が村人に聞かせないでくれ、と窘めただけだ。
遠巻きにこちらを眺める村人の中から、年寄りが一人歩み寄って来る。それを見て、リーダーの男はようやくか、と嘆息を漏らした。
「この村の長をしております、トントと申します。どちらさまでしょうか?田舎の寒村ゆえ、大したおもてなしも出来ませんが……」
村長は伺うようにリーダの男、ガレスを見る。彼の言葉は、こちらが盗賊だった場合に、奪うものはないと暗に告げていた。
だが、ガレス一同はそんな下劣な存在ではない。ガレスは誇らしげに、懐から一枚の書状を取り出す。
「私たちはデルウェア帝国、戦略情報局の一員である。ここより北方の地に異常有りと占星局が占った。しばし、この村を拠点として使わせてもらう!」
村人全員に知らせるように大声で身分を明かす。そしてそれに対し、村長は恭しく頭を下げ、了承の意を告げた。
当然だ。ガレスの持つ書状は、この書状の持ち主に便宜を図るように、ネネス村の属する伯爵家の名で印が押されている。
それに逆らうということは、伯爵に逆らうのと同じことだ。
ガレスは当然とばかりに村長の家を占領し、彼ら家族を追い出した。
一応、村長宅と言うことで他の村人の家よりは立派だが、ぼろ屋には違いない。
彼ら5人の心中は、早く依頼を終わらせ、都に帰りたいという気持ちでいっぱいだった。
夜になり、村長の娘が持ってきた夕食を食べる。
保存肉をヤギの乳で溶かしたシチューと発泡酒だけの簡素な料理だが、彼女らと同じ農村生まれのガレスは、これが最上級の料理だということを知っている。
久しぶりの村の料理を食し、懐かしさに浸りながら、最後まで食べきった。
都会に出て、豊かな食事に肥えた彼の舌は、決してその料理を美味しいとは感じなかった。
昔はご馳走だと喜んでいたのに。それが少し悲しく、寂寥感を抱く。
隣を見ると、貴族のトレシアは、口すらつけず、持ち込んだ保存食を食していた。貴族にとってはこんな料理、家畜の餌と同等だろう。
我がことでは無いにも関わらず、苛立ちを覚えるが、それを口にはしない。理不尽だとは分かっているし、そんなことを言えるような間柄では無かった。
全員が食事を終えたことを確認したガレスは他の4人を集めた。木製のテーブルを囲い、これからの策を話し合う。
「トレシア様、周囲の警戒をお願いできますでしょうか?」
ガレスが部下であるトレシアに頼み込む。普通の部隊であれば、異常な光景だが、トレシアが貴族だと知れば、誰だって納得するだろう。
所詮は冒険者上がりでしかないガレス達とトレシアでは階級には差があれど、身分はトレシアの方が上だ。
例え、少し魔術が使えるだけのいけ好かない小僧だとしても、ガレスは上からものを言えないのだ。
「終わったとも。既に私の使い魔たちが、この家を守っている」
「ありがとうございます。……では、明日からの予定を決める」
ガレスは言葉遣いを部下たち向けのものに切り替える。
「占星局の占いによれば、近いうちにアリスティア家当主、アリア・アリスティアがこの世を去る。宝石の魔女の消失は、我ら帝国にとって大きな機会だ。
当主の代替わりの混乱を狙えば、あの地を皇帝陛下に返上することができるかもしれない。不当に帝国の領土を占拠する賊を排する第一歩を我が成し遂げるのだ!」
ガレスは興奮したように気炎を吐く。
もしも、エリーゼ半島奪還の手柄を上げることが出来れば、一代限りの貴族に召し上げられ、見目麗しい令嬢を娶ることが出来るかもしれない。
それは平民がたどり着ける最上位の地位である。
「我々の任務は宝石の魔女が健在かどうかを確かめること。そして、エリーゼ半島の資源を持ち帰ることだ。明日、村を立ち、山脈を超える」
前者は、戦略情報局から任された任務だ。そして後者は、表向きの調査隊の指揮官である伯爵家が独自に頼んできたものだ。
近年、皇帝の貴族への圧力は強くなり続けている。貴族お抱えの騎士団の縮小や派閥の解体命令など、皇帝は貴族制を廃止しようとしていると、馬鹿げた噂が真面目に語られるようになっている。
そのため伯爵も、ただ国の命令に従ったというだけではなく、皇帝にアピールできるだけの成果を求めたのだ。伯爵家の三男であるトレシアが付いてきたのも、伯爵家でも有数な魔術であると言うだけではなく、伯爵家が任務達成を強く支援したという実績作りという面も強い。
ただでさえ難易度の高い任務に加え、伯爵からの個人的な依頼。それでも平民に過ぎない彼には断ることも出来ない。
それでもガレスは、失敗するとは考えない。
ガレスは冒険者時代から共に過ごした部下たちを見る。共に数多の危険を潜り抜け、富と名誉を得てきた最高の友を。彼らとならやれると、ガレスは改めて確信する。
ガレスを見返すメンバーたちの目にも熱い炎が宿っており、依頼から帰った際の華やかな褒美を期待している。
そんなガレス達を見下すように眺めていたトレシアは、立ち上がり、扉へ手をかける。
「どちらへ行かれるのでしょうか?」
ガレスは一応リーダーとして、トレシアの行動を尋ねる。
「……先ほどの娘のところだよ。下民にしては見れる容姿だ。同じ下民なら女性と共に寝るほうが幾分マシだからね」
面倒そうに答えたトレシアは扉を閉め、去ってゆく。行き先は村長が移り住んだ家だろう。娘一人を残し、村長たちはまた家を追い出されることになる。
ガレスは、手のひらに爪が食い込んでいることに気づき、力を緩める。あと少しだ。任務が終わればあのいけ好かない貴族の三男とはお別れだ。
貴族に生まれたというだけで魔術の才に恵まれ、俺達を見下す。
俺は必ず、貴族になって、貴様を見返してやる…!
ガレスは欲と怒りを煮詰めた眼差しで、トレシアの去った扉を睨み続けた。
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