はじめてのぼうけん
魔物の群れを追い払った後、俺たちは再び歩き出した。西へ西へ。雲のかなたに聳え立つ厳冬山脈へと向かって。
このエリーゼ半島は、大陸の北東に突き出すように存在する。そのため、陸地からの経路は半島を閉ざすように聳え立つ厳冬山脈を超える以外にない。
それがあるからこそ、アリスティア家は長い間、どの勢力にも属さないでいられたのだ。
間違いなく、エリーゼ半島で城の次に危険な場所であり、数多の魔物が住まう魔境だ。俺はその、異世界らしい場所に昔から想いをはぜ、淡い期待を描いてた。
そしてそれは、金髪美少女と一緒に冒険をするという現実になったのだ!俺の心は弾み、足取りるんるんだった。
ほんの数時間前までは。
「……はあ、はあ、ね、ねぇ、ちょっと、やすも―――」
俺は息も絶え絶えに、前世から合わせれば間違えなく年下の少女に懇願していた。
汗だくで膝が震えている俺とは対照的に、彼女は涼しい顔で膝に手を突く俺を眺めていた。
その視線におよそ感情の色は無い。めっちゃ冷たい目をしてる……。数時間歩いただけでもう終わりですか?あーあ、壊れちゃった、って顔してる!!
「仕方ありませんね。十分だけ休みましょう」
「じゅ、十分ですか?」
「後、9分51秒です」
別に残り時間が知りたいわけじゃない。でも何を言っても変わりそうは無かったので、地面に座り、ローブの裾で額を拭う。
めっちゃ膝震えてる。それに対し、エリスイスの顔は涼し気でまるで疲れていない。
嘘でしょう?俺、セレブの王女様よりも体力ないの?
まあ、確かに歩くことなんてほとんど無いし、力仕事なんて魔術を覚えて以来していない。
腕を見て、むんっ、としてみる。細く白い腕に力こぶなんて微塵も浮かび上がらず、ただただ震えてる。
もっと筋トレとかした方がいいかもしれない。地球の記憶は薄くなってきて久しいが、軽い体幹トレーニングとかは覚えている。
「そろそろ行きましょうか」
彼女はおもむろに立ち上がり、俺に手を伸ばした。
え?まだ座ったばっかりなのに……
「まだ5分とかじゃ」
「元気そうなので5分にしました。行きますよ?」
にこっ、といい笑顔。俺には悪魔の笑みに見えた。元気そうなら休憩時間削られるんだ。俺は異世界で真の体育会系を知った。
「………うん。こまめに休もうね?」
俺は彼女の繊手を取り、立ち上がった。
□□□
厳冬山脈に向かうには、森を抜ける必要がある。この森には危険な毒草、数多の魔物といった死に直結する要素がたくさんあるが、一番危険なのは環境だ。
魔素が多いこの地の環境は、いともたやすく常識を覆す。
超常が常識であり、異常が日常のこの森の名は、精霊の森。
魔力が豊富な地に住み着く精神生命体、精霊。妖精の原種でもあるそれが、この森にはどこかしこにもいる。
「あれは、まさか
枝に腰掛け、祝福の歌を歌う木の革の皮膚を持つ女性。それを見て、エリスイスは驚愕の声を漏らした。
そんな存在が、森のただの木に宿っている。彼女が歌うたびに、木の実が宿り、熟して落ちる。それを妖精や小動物たちが拾ってどこかへ持って行った。
彼女はエリスイスたちに気づき、にこやかに手を振るう。親し気なその姿はとても偉大な精霊には見えない。
エリスは呆然と手を振り返した。
「ちょうどいい。今日は、ここで、休もうか」
息も絶え絶えになったゼノンが懇願するようにそう言った。
空を見れば、日は落ちかけ、当たりは夕暮れの火付け時になっていた。
本気を出せば三日三晩は動き続けられるエリスは、まったく疲れていなかったが、疲れ切ったゼノンを見て徹夜で進みますよ、とは言えなかった。
「ここですか?あまりいい場所とは言えないでしょう」
当たりは木々に囲まれ、見晴らしは悪い。森の中で野営をするのなら、街道に近い場所、そうでなければ水源近くの見晴らしのいい小高い場所が理想と言われている。
この地にはそのどちらもない。
「
そう言ってゼノンはドライアドの方へと向かっていった。エリスイスもその後を追う。
何言か、言葉を交わしたのち、ゼノンは何かを差し出した。
そして、ドライアドは柔らかく微笑み、奇跡が起こる。
大地を割り、小さな芽が芽吹く。それはやがて蔓と化し、大きな繭を形作った。大きく膨らんだそれは、入り口だけがぽかりと空いている。
「ほら、入ろう」
ゼノンは蔓に足をかけ、繭へと入っていく。それを後ろから見ていたエリスは気づいた。ゼノンを見る
そして気付いた。彼女はエリスイスたちに手を振っていたのではなく、ゼノンに手を振っていたのだと。
エリーゼ半島を統べるアリスティア家。その歴史は4000年前にまで遡る。4000年、この地を納め、守ってきた一族。その意味を、エリスイスは少しだけ理解できた。この地は既に完成している。帝国や魔術師たちはこの地を狙っているが、既にエリーゼ半島の生態系はアリスティア家の元で完成しているのだと。
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