少女剣士

師匠の元で目覚め、5年後経った。師匠の修行は地獄のように苦しく、軽く数十回は死にかけ、情報世界イデアの海に溶けそうになったが、何とか魔術師としてやっている。


そんな俺は今、師匠に課題を申し付けられていた。


「城を出て、異常な空間余震の原因を取り除け」

「城を出てもいいんですか!?」


俺は課題の内容よりも、外出許可の方に驚く。俺は今まで、師匠に外出を禁じられていたのだから。とはいえそれは俺を思ってのことだ。


何と俺は、異世界に来てから、病弱系ショタになってしまった。

師匠が言うには、魂が生み出す魔力量と肉体が抱えきれる魔力量にギャップが生じ、その結果、肉体に負荷がかかっていたらしい。


そのため俺は、今まで大規模な魔術を使うたび、体調を崩していた。



「お前の身体も成長して、その身に宿すふざけた量の魔力に耐えられるようになっている。その証拠に、最近は体調を崩していないだろう」


最近元気だから行けってことだ。5年住んでも土地勘が全くない俺を、異常事態の中心地に派遣すると。

師匠の言っている空間余震とは、空間が歪んだことにより起こった微細な振動のことだ。空間転移が起こった後に観測されることが多い。俺が妖精に攫われた時も、大規模な空間余震を観測したらしい。


空間を操る技術は高度なものだ。空間魔術なんかは一握りの魔術師でなければ使えない。原因として考えられるのは、外の魔術師の侵入や妖精や精霊のチェンジリング、特殊な魔物の存在が考えられるが……。


い、行きたくねえー。なんで俺が!めんどくさ!自分で行け!

そんな気持ちを合体させ、視線に乗せる。


「……逃走手段としてネネを付けておく」

俺の苦渋に歪んだ顔を見て、温情をくれた。やってみるものだ。


どこからともなく現れた白い双頭の蛇がフードの中に入り、とぐろを巻いた。彼はネネ。空間操作を得意とする師匠の配下だ。


俺が頭を撫でると、すりすりと身体を擦り付けてくる。かわいい。強さならドラスさんの方がいいけど、可愛さならネネだ。抜群の可愛さ!


「夏場のスライムみたいな顔をしてないで、さっさと行け」

仏頂面の師匠に執務室を追い出された。きっと、ラブラブな俺とネネを見て、嫉妬したのだ。……大人げない。


「じゃあ、行こうか。……道案内よろしくね?」

「うい。行くぞ坊主」

低くしゃがれた声で面倒そうに呟いた。

喋ったら可愛くないんだよなあ。


□□□


しんしんと雪が降る。太陽は灰色とも鈍色とも採れない厚い曇天に覆われている。ローブに付いた雪を払いながら、ほっ、と白い息を吐く。


耐寒の魔術も発動させていないから、凍るような冷気が肌を伝う。だがそれも心地いい。久しぶりの土の感触、濃い緑の香り、緩く吹く北風。

城から離れただけで、慣れ親しんだ自然が別物に見える。


「坊主、魔術を使えい。貧弱なんじゃから」

「そうだね、さすがに寒い。〈抱く太陽片〉」


冷気が身体から去り、ほのかな温かさを感じる。体温を一定に保つ熱量操作の自然魔術だ。


「空間余震って師匠は言っていたけど、何だろうね」

「儂が感知した限り、大規模なものではない。大方、妖精の悪戯じゃろうぜ」


答えを求めた問いではなかったが、ネネは具体的な答えをくれた。話を聞く限り、空間余震を察知したのは彼みたいだ。


「妖精の悪戯なら放っておいてもいいんじゃない?」


この半島には妖精がたくさんいる。今も、離れた木々の隙間からこちらを窺う小人の姿があるし、周囲を転がる白い毛玉は雪の精霊だ。彼らの行動にいちいち反応していたらキリがない。


「ばかやろう。妖精が普通のもんを飛ばすかよぉ。……それに外部からの侵入者の可能性も残ってるぜぃ」

「ああ、確かに」


結局は正体不明だ。決めつけず、龍が出てくるぐらいの心構えでいたほうがいいかもしれない。まあ、龍なんて神話の産物が出てきたら俺はなすすべなく死ぬだろうが。



ネネの案内に従い、空間余震の場所に辿り着く。そこには、何も無かった。ただの森の一角、雪化粧を浴び、白に染まった低木と地面を覆う苔や雑草ぐらいだ。


「何もないね」

「……よく見ろ、坊主。足跡だ」


「なるほどね」

しゃがみ込んで、雪をぺたぺた触る。冷たい。


「……どこ?」

ぺたぺた雪を撫でる俺に、ネネは呆れたとため息を吐く。


「雪なんぞ一晩で降り積もる。その下じゃ」

そんなの分かりっこないじゃないか。まったく、俺はただの人間なんだから、魔物の超感覚と一緒にしないで欲しい。


ぶつくさ呟きながら雪をどかすと、下から緑の苔が出てきた。

それだけだ。


「……どこ?」

「……儂が分かる。追うぞ」

あーあ、無駄な時間だった。



魔装術による身体強化を施し、森を疾走する。小さな枝葉をなぎ倒し、盛り上がった根を蹴り砕きながら走る。


森に慣れた狩人ハンターなら、こんな障害物をものともせず走れるのだろうが、俺には無理だ。だから仕方ないのだ。


「…森に優しくせい」

……仕方ないのだ。


そのまま駆け続けていると、魔物の姿を見るようになった。どれにも深い剣傷が刻まれ、的確に体内の魔石を砕かれている。


魔石を砕き素材も剥ぎ取っていないということは冒険者でもない。仮に冒険者が飛ばされていたとしても、のんきに魔石を採取する余裕があるとは思えないが……。

それでも、魔物たちの屍を見れば、戦い慣れている奴だということは分かる。


「どんな奴だろうね」

「さあの。誰だとしても、やることには変わらん」


地面に刻まれる足跡は小さく、浅い。ほんの少し前にここを通った。

俺はその言葉に返事をしなかった。島の資源に目がくらんだ外敵なら躊躇なく殺せる。でも、迷い込んだ子どもを俺は殺せるだろうか。


木々を抜け、足跡を辿る。仄かに水の香りがする。

「この先は湖じゃ」


なるほど、道理で。湖で野営か休息を取っているのかもしれない。となれば、あと少しで会敵だ。


俺は防御魔術〈耐魔のオーラ〉と〈影の衣〉を纏わせ、茂みから飛び出す。

「――は?」

「――え?」


二つの困惑が重なる。一つは、人間が飛び出てきたことに対する驚き。もう一つは、少女の裸を見てしまったことに対する驚きだ。


時が止まる。


少女は剣を持ったまま、体を抱くように隠す。

濡れた金髪の先から雫が滴り、年不相応に膨らんだ胸元の曲線を冷水が這う。女性らしさと少女の可憐さが合わさった、妖精のような美しさだ。


年は俺と同じぐらい、大体12歳ぐらいだろうか。

彼女の耽美な顔はやがて、驚愕から羞恥に変わり不機嫌そうに眉を逆立てた。


「……後ろを向きなさい」

「はっ、はいっ!」


怒気に押されるように反転する。耳にはしゅるり、と衣擦れの音が微かに届く。多分、服を着ている。後ろで少女が着替えていると思えば、妙な気分になる。


しばらく後、彼女は「もういいですよ」と一転して柔らかな声音で許可を出す。


振り返ると青いドレスに身を包んだ可憐な妖精がいた。魔術で乾かした長い金の長髪は腰まで伸び、白雪の如き肌に栄えている。


大きな碧眼には少女らしからぬ叡知が宿っており、こちらを見透かすように細められる。その顔に、怒りの色は無い。


「ええっと、貴方はこの近くの村の子供ですか?」

「えっと、村の子じゃないね。この近くに住んでいる……子」


前世の俺が出た。なんだ、この近くの子って。彼女が見たことないぐらいの美人だから動揺しているのかもしれない。


「そうですか。ありがとうございます」


彼女は花咲くような、それでいて艶やかな笑みを浮かべ、一閃した。

斬り飛ばされた頭部が宙を舞い、視界が回転する。そして、土塊と化した。


「あら?」

彼女は怪訝な顔で刃を振るい、残心する。


「ゴーレムを先行させてよかったのぅ……躊躇なしじゃ」


危ねえ……念のために、土塊から作ったゴーレムに幻術をかけ先行させていなければ、土塊の代わりに血が飛び散っていただろう。


「恐ろしい娘っ子じゃ……」


ホントだよ。何が怖いって俺を斬っても可憐な笑顔を浮かべたままだということだ。そしてそのまま薄く魔力を広げ、探知している。俺を探す気だ。


魔術の気配は感じられないから、魔装術の一種だろう。知らない技を使う凄腕の剣士。森の魔物たちを惨殺したのは彼女で間違いない。


「ごめんなさい、誤解がありましたね。少し話し合いましょう」


少女は眉を下げ、申し訳なさそうに微笑を浮かべている。俺を説得して釣り出すつもりだ。その表情も言葉も自然で、つい信じてしまいそうになる説得力がある。


やばい奴だ。関わりたくない…。とはいえ、放置して帰ったら師匠に怒られる。どうしようかな。

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