数か月後
あれから数か月たった。相も変わらずエリーゼ半島は冬のまま。変わらぬ吹雪が吹き続けている。
俺は図書室から取ってきた魔術書を浮かべながら、自室に戻っていた。そう、俺はついに魔術を覚えたのだ!
そうすることで肉体の防衛本能を呼び起こし、門を開くとかなんとか言っていた。
軽く手足が飛んだし、出血で意識が飛んだ回数は数えきれない。だがそこは流石はアリスティア家。錬金術の家系らしく、人体の扱いはお手の物だった。変な肉の塊をくっつけ、傷を塞ぎ、点滴で血を輸血され続けた。
俺が泣き叫び、死を懇願しても攻撃の手を緩めない師匠のことは割と本気で恨んだし、顔を見るだけで数日は震えが止まらなかったが、しばらく経てば元通りだった。
俺の強い精神力は、間違いなく異世界でも武器になるっ!断じて能天気なわけではないのだ!
と言うわけで俺は魔術師になれた。まだ初期の修復術式や軽いベクトル操作の物力魔術しか使えないが。
そして、魔術師になって次に始まったのは、知識の詰込みだった。術式の構成、魔術言語の暗記、それぞれの特性や組み合わせによる拒絶反応など一つの魔術を使うだけで覚えることが山ほどある。
今持っている数冊の本も術式に関する入門書だ。これを明日までに覚えて来いと言われた。今の時間は午後4時ごろ。無茶苦茶だ。
ここ数週間は、受験生でもこんなに文字読んでないだろってぐらい本を読みまくっている。
「こんにちは、ゼノン様。これからお勉強ですか?」
ホムンクルスのメイドさんの一人が、エレベーターに向かう俺に気づき、挨拶をしてくれた。
彼女の名前はミミレレ。この辺りに担当をしているメイドらしく、よく俺の世話も焼いてくれるいい人だ。
「そうだよ。後で夜食を持ってきてほしい」
「かしこまりました。ゼノン様がお好きな焼き菓子を部屋に置いているので、それも食べてくださいね」
「おおー、ありがとう!じゃあ、また」
ひらひらと手を振ってくれる彼女に手を振りなおし、エレベーターを使う。
妙に子ども扱いされている気がするが、まあいい。
俺は気にすることなく部屋へと戻った。
□□□
「あぁー、しんど」
心の底から絞り出された言葉だった。数時間の勉強で、俺の集中力は死んだ。椅子から立ち上がり、固まった体をほぐすため、適当に室内を歩く。
この部屋はめちゃくちゃ広い。大きなバルコニーもあるし、ベッドは天蓋付きのやつだ。壁一面に並ぶ本棚は俺の背丈では届かないほど高く、分厚い蔵書が並んでいる。
壁には剣がクロスした飾りや、大海原を行く船の絵とかが飾られている。
この高級感の溢れる部屋には、未だに慣れない。だが、俺の勉強用の羊皮紙や書物も机の上には積まれており、ようやく俺の生活感と言うものが出てきた。
カウチに横には、いつの間に来ていたのか、メイドさんが持ってきてくれた夜食が置かれている。
勉強しながら食べやすいサンドイッチと鉄串の刺さったフルーツ。赤い小ぶりの身はイチゴみたいだが、円柱みたいな形で少し面白い。
俺は暖炉脇のカウチに寝転がり、サンドイッチを口にした。
「うま」
この異世界に来ていいことは、めちゃくちゃご飯が美味しいことだ。師匠に聞いたところ、アリスティア家の技術で作り出したホムンクルスは一流の技術を持って生まれるらしい。
まだ俺には早いということで教えて貰えていないが、いつか俺もメイドさんを作る日が来るのだろうか。
ピッチャーからコップに水を注ぎ、飲む。うむ、美味しい。仄かに甘い果実水だろうか。うまうまだ。
バルコニーの窓から覗く夜雪を見ながら、飲む水は最高だ。一時でも、まだ半分も残ってる課題から意識を逸らしてくれる。
一生夜のままがいいなー。
「……はあ」
天井のシャンデリアの明かりを見つめる。豪奢な部屋。地球の俺の部屋とは比べ物にならない。それでも、ふとした拍子に結び付け思い出す。地球のことを。家族のことを。
もうあれから季節が変わるほどの時間が経った。葬式はとうに終わったはずだ。悲しむだけの時間は過ぎ、かつての生活に戻れただろうか。
ちゃんと三食食べているだろうか。
知るすべはない。知るのも怖い。自分のことで悲しむ家族なんて一番見たくない。
ぽろり、と頬を涙が伝う。温かなその雫は、頬から零れ、冷たく絨毯に染みて消える。未だ傷は癒えず、ただ忘れる時を待つだけだ。
「……課題、しないと」
これ以上何もしていないと余計なことを思い出しそうで怖い。俺は緩慢な動きでカウチから立ち上がる。
ふと、違和感に気づく。俺は魔術師になったことで、五感も大きく変わった。正確には、
室内の魔力の流れがおかしい。普段なら『火』の暖炉と『冬』の外で染まった魔力がぶつかり、渦巻いているのだが、その一部がおかしい。
まるで何かにぶつかり、流れが変わったみたいだ。
「えい」
俺は手を伸ばし、それを掴む。
『うわっ』
可愛らしい声が聞こえた。だがそれは、俺が普段喋る「共通語」ではない。それにもかかわらず、俺には意味ある言葉として聞こえた。
手のひらに収まっているにもかかわらず、姿は見えない。
〈風隠し〉
姿を隠す
魔力をぶつければ簡単にはがれる。
体内に炉心を意識する。そこから魔力を精錬、そして血管を通し流通させるイメージで手のひらから放出する。
魔力とは、魂の活動から生み出されるエネルギーだ。それを肉体を通し、引き出すがその場合のイメージは何でもいい。肉体から染み出すような液体のイメージでも、天から降り注ぐ光が肉体に溜るイメージで魔力を生み出す者もいる。
俺の場合は、体内に炉があり、魔力を流通させる回路が血管だ。
魔力を浴びた風がはがれ、隠していた秘密を暴く。そこにいたのは、毛玉だった。円形のボディを持った毛玉から虫見たいな羽が生えている。
「なにこれ」
『何で見つかったの~』
バタバタと暴れるそれを放すと、宙に浮きながら愚痴り始めた。
逃げないんだ。
「魔力視はセンスがあるって師匠には言われてるんだ」
ちょっと胸を張って自慢げに言う。大仰な動作は、泣いていたのを見られた照れ隠しでもあった。
だけど、自慢なのは本当だ。あの師匠がわざわざ褒めるってことは、多分かなりうまいのだろう。そう言われた時は嬉しかった。
『知らない人。なんでいるの?』
知らない毛皮に不審者扱いされた。
「お前こそ誰だよ」
『あ、クッキー。それちょうだい』
「まあ、いいけど」
『ありがとう!じゃあね~』
クッキーとって消えた。何だ、あいつ、自由過ぎるだろ。
「あれも妖精なんだ」
机の上の開いた本を見る。そこには羽の生えた生命体の図が。それこそが、妖精。羽が生えている以外のルールは無く、人型も毛玉も、あるいは実体のない属性体のものもいる。
悪戯好きで、自由。
自然の中にあるこの城には、よく妖精が出るとはメイドさんが言っていたが、初めて会ったな。
それからこの部屋では、たまにお菓子が消えて、代わりの木の実が置かれるという怪事件が良く起こるようになったが、犯人は不明だ。
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