魔術とは

「――きてください。起きてください、ゼノン様」

身体を揺り動かす振動で、目が覚める。目を開くの眼前に無表情の人形の顔があった。


「……おはよう、メイドさん」

ちょっとびっくりしながら挨拶をする。すると、メイドさんも綺麗にお辞儀をし、返事をしてくれた。


「おはようございます、ゼノン様。私の名前は、リリエルライトと申します。アリア様より使用人統括の地位を賜っております」

そんな名前だったのか。知らなかった。あと、意外と偉い人だった。


「えっと、ならリリエルさんでいい?」

「どうぞお好きにお呼びください。……朝食のお時間です」


そのままリリエルさんに着替えやら身支度やらをしてもらいながら、食堂へと向かう。俺個人としては、女性にそっくりの人形に着替えを手伝ってもらうのは恥ずかしかったが、まだ小さくなった体に慣れていないので、世話になった。


歩くこと5分、リリエルさんの開いた重厚な扉を潜り、食堂へと入る。室内には長い机といくつもの椅子が置かれており、その上座に昨夜見た我が師匠、アリア・アリスティアが座っていた。

その背後には、背丈2mを優に超える、トカゲ顔の大男が立っている。


「ようやく来たか。ワタシを待たせるとはいい度胸だ」

「……すいませんね、一緒に食事をするとは知らなかったので」

「ふん。生意気なガキだ」

「一応、20歳超えてますよ」

今はガキみたいだが、これでもれっきとした成人男性なのだ。


「なんだ、ガキじゃないか……」

だが彼女はやっぱりと言わんばかりの顔をする。なんて奴だ。師匠も20歳ぐらいじゃないか。


「言っておくが、私は900年以上生きているぞ」

「はい、ダウトー!そんな肌がきれいな900歳なんていませーん!」

「黙れ、クソガキ」


師匠は細い指を弾く。不可視の衝撃波が飛んできて、俺の額で弾けた。

痛ってぇええ!首折れそう……。


「お前に魔術を教える前に、一つ決めごとをしよう。ワタシに逆らったら殺す。ここではワタシが法であり、貴様は奴隷だ。…分かったか?」

「……はい。生意気言ってすいませんした」


「分かればいいのだ」

彼女は満足そうに頷いた。そのタイミングで、メイドたちが数人入ってきて、俺と師匠の前に食事を並べる。


メイドの中には普通の人間のような者もいれば、体が透けている者もいる。何それ、何でもありですか?


「食事が終われば講義だ。食いすぎるなよ」


食いすぎるなと言われるときは、大抵ろくなことが起きない。昼休み後のシャトルラン、ひたすら走らされる高1のバスケ部。そういう時に、言われる言葉なのだ。


大丈夫だよね?魔術師って体育会系じゃないよね?吐くまで走れぇー!とは言わないよね?


俺はびくびくしながら、出された豪華な料理に手を付ける。燭台に灯った青い炎が、憂鬱な気持ちを表すように揺れていた。


□□□


食後、俺たちは講義室らしき場所に移動していた。前には黒板があり、同心円状に机と椅子が並んでいる。


棚には見たことない形状のビーカーや派手な色の薬品が飾られている。ホルマリン漬けになっているのは、人間の臓器か?なんか動いてるんだけど……。


この城、おかしなものがたくさんあるな……。

俺は少しびびりながら、部屋の中央に進む。なるべく壁際の臓物から離れたかったからだ。

俺はその最前列に座り、魔術の初歩を教わる。


「さて、異界から来た無学な貴様に、魔術の何たるかを教えてやろう」

一言多いよ、この教師。


「貴様の世界にも魔術はあったのか?」

「一応ありましたよ。空想の産物ですか」


「なるほど。興味深い世界だな」

「何が?」

「魔術が無いにもかかわらず、その存在が残っていることだ。貴様が知らんだけではないのか?」

失礼なことを言ってきた。この人、俺を見かけ通りのガキだと思っている節がある。けしからんっ!はっきり言う必要があるかもしれない。俺を舐めるなよ、パツキン魔女がぁっ!!

「………かもしれないです」

「そうか」

とはいえ、師匠には敬意を払うものだ。今回は許してあげよう。断じて、デコピンの構えを取った師匠が怖かったわけではない。


「話がずれたな。この世界における魔術とは、一言で言えば、現実の改ざんだ」

なるほど、よくわからんな。


「……情報世界イデアを知覚し、そこに記された世界の構造式を、魔力を対価に組み替えるんだ。

一つ例を出すとすると、昨日貴様を縛った『銀の蔓』。あれは、その場にない物質を、存在すると世界を騙すことで創造し、操る魔術だ」


「魔力って言うのは、胸の奥にあるやつですか?」

「そうだ。貴様が培養槽を割ったときに使ったエネルギーがそれだ。あれは魔術ではなく、魔装術という別の技術だがな」


少し分かった気がする。魔術いうのが、魔力と言う燃料を燃やし、術式と言う車を走らせる技術で、燃料を直接扱うのが魔装術というのだろう。


「その情報世界?ってどうやって見れば?」

「情報世界への接続は、個々の魔術師によって異なる。視覚で見る者もいれば、聴覚で感じる者、あるいは新たな感覚を創り出し、知覚する者もいる。捉え方は後で教えよう」


彼女は視線で、他に質問はあるかと促してくる。意外と人に教えるのは嫌いじゃないようだ。


「……魔術は情報世界を書き換える技って言ってたでしょう?個々人の情報世界の見方が違うのなら、教えようがないのでは?」


耳の聞こえないものに、一生懸命音程の違いを教えても意味は無いように、魔術の基礎となる情報世界の知覚方法が違うというのは、かなり致命的な差異に思える。


「ほう。意外と鋭いやつだ」

師匠は感心したと言わんばかりに頷く。そうでしょう、そうでしょう。お・と・なのずのーを持ってすればこの程度のことには気づくのだ。


「それを説明するには、現代魔術の成り立ちを説明する必要がある。

魔術が生まれる前、それは『祈り』と呼ばれていてな。祈りと言うのは、個々人が思い込みだけで情報世界を書き換える属人的な技術だった。

だがそれでは知識の伝承が出来ない。そのため、人々はその祈りを理論で説明しようとした。

やがて祈りは体系化されるにつれて、効率的に世界を書き換えられるように術式や魔術文字が発明されてきた。

それに合わせ、魔術も細分化された。錬金術、死霊術、自然魔術、白魔術、魔女術とかな。お前が学ぶのはそれだ。個々人の知覚は問題にならない」


なるほど。情報世界の見え方は違っても、そこへの干渉方法は同じだから問題ないということか。


魔術と言うのは俺の想像以上に学問として成立しているらしい。

俺はふと、聖人と4人の弟子の話を思い出す。確かあれは、神秘の技を教えるみたいな内容だったはずだ。もしかすれば、その神秘の技が『魔術』なのかもしれない。


「あれですか?魔王がどうこうってやつ」

「知っているのか。……ああ、部屋の本か」


「あれ実話ですか?」

「ああ、実話だ。ちなみに魔王を殺したのが勇者と呼ばれる奴だな。……今もいるぞ。お前と同世代だ」

「へえ。魔王もいるんですか?」

「いない」


なんじゃそりゃ!勇者っていうのは魔王を殺すために聖人が出した使いだろう。何で魔王もいないのにいるのか。まあ、俺には関係ないからどうでもいいけど。


「じゃあ、最後に。どうして俺を弟子に?」

それが一番聞きたかったことだ。出会ってすぐだが、彼女は弟子なんて持つタイプに見えない。


「ワタシがもうすぐこの世界を去るからだ」

「……死ぬんですか?」


「違う。貴様が世界を渡ったのと同じことを、自分の意思でするのさ。…もうこの世界に見るべきものは無くなったからな。その前に、次代のアリスティア家当主を育てるのが現当主の責務だ」


詳しく聞くと、アリスティア家当主は代々、不老不死にまで至るほど、天才的な魔術師たちだったようだ。彼らはみな、その生に飽きて自殺するか、さらなる未知を求め、異世界へ渡ったという。


彼女もそうだ。この世界との別離を考えていた時に、世界を渡るほどの膨大な魔力を持ち、錬金術の名家アリスティア家の作った最高傑作のホムンクルスに入った俺を、次期当主にすることに決めたらしい。


「ワタシが消えた後は、この城もエリーゼ半島も全ては貴様のものだ」

「………エリーゼ半島って?」

知らない単語が出たので聞き返す。すると、師匠はああ、そうか。と言いたげな表情で頷いた。というか言っていた。


「異界から来た貴様は知らないようだが、アリスティア家はこの世界でも最古の魔術師の家系だ。どこの国にも属してはいないが、領土を持っている。

それがここ、エリーゼ半島だ。喜べ。貴様は全ての魔術師が欲する宝を手に入れることが出来るのだ」

何か知らんが、すごい所らしい。貰えるものなら貰っとくが、そんな適当でいいのだろうか。

「いいんですか?知らない奴に継がせて」

普通、一族の跡取りと言うのはもっと慎重に決めるものだと思うのだが……。


「別に構わん。当主の責務は次期当主を育てることだけ。そいつが何をしようとワタシには関係ない」


師匠は冷たく吐き捨てる。彼女は、魔術には執着があれど、この家には何の執着も無いらしい。利己的なのは彼女がアリア・アリスティアだからか。それとも、魔術師というのは、皆、彼女のように自分勝手なのか。


「魔術師に必要な才能は3つ。情報世界イデアを知覚する能力。術式を情報世界イデアに反映させる干渉力。そして、術式を発動させる魔力だ。

お前はこれから前の二つを鍛える。魔力はバカみたいな量があるからな。……期間は1年。ワタシの求める水準に達しなければ、貴様を殺す」


そう言った師匠の目に冗談の色は無い。きっと彼女は、俺がハードルに躓いた瞬間、ごみのように俺を始末するのだろう。

だが俺に、不思議と不安は無かった。それどころか、心躍るような楽しさがあった。


「後悔はさせませんよ。わが師、アリア・アリスティア」

「生意気なガキだな。我が弟子よ」


こうして、俺と物騒な師匠の修行の日々が始まった。

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