第13話

 茶臼山に陣を構えている真田幸村は赤備えで真田軍を統一し、織田信長に滅ぼされた武田家の遺産でもあるその真っ赤な鎧兜に相応しい死に場所を探していた。太陽が西へ確りと傾きだした頃、自らの終焉を悟った。眼下には天王寺口の徳川家康の本陣も見下ろせる。ここまで奮闘できたのは豊臣家を奉じる大義は勿論のこと、この日限りの強運のせいもあった。それでも最早、多勢に無勢、無尽蔵に屍は増えていく。戦場の狂気を感じながら幸村は数ヶ月前の冬の陣の折、大坂城への大筒の砲撃で和睦を強硬に主張した淀殿を愚かしく思った己を恥じた。あれはやはり一瞬の反射だとしても、血族の秀頼と千姫だけではなく、凶暴で巨大な戦雲に覆われ蔑ろにされる生命全てを救う決断であった。聖なる母性なのだ。

 

 そしてあの時の淀殿の心は、天下を統一し巨万の富を蓄えた怪物のような太閤の豊臣秀吉を超越していた。幸村は冬の陣の戦後に、講和の条件となった大坂城の堀を埋める工事を仕切った伊達政宗と会談をしている。それは大野治長も交えた密議に近かったが、驚くべきことに政宗は大御所の暗殺を準備していることを打ち明けてきた。また幸村が幕府からの調略を無視したことを称賛し、特に豊臣から徳川へ寝返る条件として提示された信濃一国を蹴った事実に感銘を受けたとさえ述べた。反幕府軍勢力の重鎮の大野治長は政宗に呼応するように、杉谷善住坊を利用した大御所の暗殺計画を洩らしてしまったが、幸村は政宗を何処か信用できなかった。

 

 結果的に今、幸村は死力を賭けて大御所の首を狙っており、暗殺を仕掛けた政宗に都合の良い働きをしてもいるが、仮に大御所がこの戦場で息絶えた場合、政宗が頭角を表して牛耳る江戸幕府は何れ現将軍の秀忠を廃し、松平忠輝を将軍に据えた体制に変貌するであろう。そして朝廷や豊臣家を含めた公家と将軍を傀儡とする、謂わば鎌倉幕府を操った執権のような位に伊達政宗は座る気だ。


 伊達軍は天王寺口の前で、大御所の本陣の盾となって守りを固めているが、幸村の目には擬態のようにも映った。そして政宗の部隊も大御所の部隊も前進と後退を繰り返しながら、陣形をまだ大きく崩すには至らず、辛うじて狂乱の戦闘状態には感染していなかった。ただあの本陣にいるのは、ひょっとすると徳川家康の影武者かもしれない。だとすれば今頃、政宗の刺客も杉谷善住坊も必死になって本物を探しているのではないか。

 騎乗の真田幸村は最期の突撃を敢行すべく先頭を切って、大御所徳川家康の本陣を目指した。本物であろうが、偽物であろうが構わない。終点に向かって走るだけだ。もう人ではなく風になれば良い。


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