第12話
幕府軍と反幕府軍は共に、春の桜が散る前に軍事行動に入っていた。戦端を開いたのは反幕府軍であり、大和国の郡山城を落とすと、その勢いを駆って幕府の兵站基地となる堺を焼き討ちした。
一方、幕府軍は大御所も将軍も、郡山城が落城する前に、京の二条城に入っていた。また鳥羽伏見に諸国から動員を懸けられて集結した兵力は、十五万を超える大軍に膨れ上がった。大御所徳川家康は趨勢を見極める軍議を十全に経た後、この大軍を二方面に分離し大坂へ向けて進軍させる命を発した。
そして不如帰が綺麗に鳴きだした初夏に、大坂の夏の陣が勃発した。
征夷大将軍徳川秀忠は、戦闘の初日から大坂城を視界の中心に据えられる岡山口に陣を構えたが、二日目の正午頃から火蓋を切った戦いは、出鼻から豊臣軍の激烈な猛攻により、圧倒的な兵力差を無効化するほどの大混乱に陥っていた。
「本陣の大御所の部隊、大きく後退」
冷汗をかいた斥候からの報告に、よく光る鎧兜に身を固めた総大将の徳川秀忠は動揺を隠せないでいる。苛立つ彼が荒々しく肩を揺らせ舌打ちをしたその時、彼の背後から傘を被った茶坊主姿の老人がそっと囁いた。
「致し方なし。このような激戦では、大名も侍大将も失う。かげぼうしには人生最後の大仕事よ。生きて帰ってこれたら完全なる自由をくれてやろう」
その囁きの主こそ、大御所徳川家康その人であった。それゆえ今、天王寺口の本陣で修羅場に耐えているのは、長い年月を仕えてきた徳川家康の影武者だということになる。
家康自身はこの戦場で露と消えても本望の心境であったが、後継者の秀忠を含めた徳川家や、創建した江戸幕府の行末を鑑みると、この戦国の最終決戦の結果を見届けるまでは、やはり死ねない。
昨日の戦闘で案の定、あの伊達政宗は不可解な動きを見せた。まず家康の六男で政宗の娘婿の松平忠輝が遅参した。また誤って味方の幕府軍に攻撃を加えてもいる。ただ戦場で敵味方の判断を狂わせるほど、反幕府軍の真田幸村が率いる部隊の神出鬼没かつ凄まじい撹乱作戦は見事であった。この為に家康は、政宗が成す術もなく戦場で不満足な指揮を余儀なくされた可能性も考えた。だがその一方で実は政宗と幸村が組んで一芝居を打った線も仮定した。そんな荒唐無稽な疑念さえもが脳裏を掠めたのだ。
真昼の太陽が垂直に地上に降り注ぐ中、服部半蔵は天王寺口の徳川家康本陣と、岡山口の徳川秀忠本陣を見張らせる丘陵を隈なく、五助と共に二手に分かれて、敵の目を眩ましながら捜索している。しかし暗殺者の気配は微塵も感じられなかった。仮に暗殺者を仕留めた場合、半蔵も五助も携帯した手鏡で太陽光線を反射し光らせる手筈になっている。そしてこの光の合図を知っているのは、半蔵と五助の他には大御所の徳川家康と将軍の徳川秀忠、それに老中の本多正信の三人だけだ。戦場の怒号はこの丘の上にも大迫力で轟いてくるが、敵と味方のどちらが優勢なのかは未だ判然としない。恐らく数の上では反幕府軍が絶望的な窮地に追い詰められつつある筈だ。それでも豊臣家を死守せんとする、多勢ではなく無勢の側に執念の炎は燃え盛っていた。
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