第7話

 それから間もなくして大坂冬の陣が勃発し、服部半蔵の読みは当たる。大御所家康も将軍秀忠と共に戦場に陣を構えたが、真田幸村を中心とした少数精鋭の豊臣軍の大反撃も実らず、徳川家康が暗殺されることもなかった。そして大坂城に命中した巨砲の一撃で、一箇月ほど続いた戦闘は、豊臣軍からの和睦の申請により終結している。


 しかし大御所の執念の炎は消えなかった。それを象徴するように和議の条件は厳しく、鉄壁の防備となるべき掘が悉く埋められ、大坂城は裸同然になってしまう。半蔵と五助の二人は幕命により、三草山で暮らす観音爺さんの監視が五助の専任となり、一方の半蔵は江戸へ呼びだされた。

 

 まだ開花するには早い桜の蕾が江戸城周辺でも目立ち始めたこの日、茶室ほどの小さな奥の間で畏まっている三代目服部半蔵の前に現れたのは、厳粛な雰囲気を漂わせた老中の本多正信であった。征夷大将軍に就任する以前に仕えていた徳川秀忠は姿を見せず、その気配すらもこの巨城からは消え失せていた。今や二代将軍秀忠は雲の上の人である。

「ここ十日ばかりで、越後と陸奥へ出向いてもらう。そこで高田城と仙台城の城下町の様子を見て参れ。他言は無用」

 正信の声は地の底から響いてくるように低かった。これは越後国と陸奥国の動静を探れという命令である。高田城の城主は大御所徳川家康の六男の松平忠輝で、仙台城の城主はその忠輝の舅の伊達政宗だ。半蔵は納得した。大御所も将軍も奥州で目を光らせている隻眼の梟雄、陸奥守の政宗をまだ信用できぬのであろう。尤も冬の大坂の戦の和睦後に、外堀を埋める工事を担当したのは伊達軍だった筈である。そして松平忠輝はその頃、冬の大坂へ進軍すること叶わず、この江戸城で留守居を任されていた。


 足早に江戸城を遠ざかる半蔵は北を目指した。目的地は越後国の高田城である。寒の戻りのせいか、この日の風は冷たかった。灰色の曇り空に寒気を嘆くような鴉の鳴く声が響いている。半蔵の脳裏に一瞬、四代目服部半蔵である弟の落ち着いた表情が浮かんだ。彼は今、高田城からやや北東に位置する村上城にいる。高田城と村上城はさほど遠くはない。それでも兄弟が再会を果たせる余裕など無かった。







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