第6話
「あんた、観音爺さんに会うたんか。あれは小さい小さい木彫りの阿弥陀観音像に向うて、観音様、観音様と唱えて泣いたり叫んだりしながら拝んどってな、どこから流れ着いたんかは知らんが、二年ほど前からあの貧相な小屋で暮らしとる 」
三草山を下りて川の小舟に乗った服部半蔵は、話しかけてきた剽軽な船頭に船賃を先払いして探りを入れた。
「それじゃあ、 あの爺さんは一向宗か?」
半蔵が一向宗のことを訊ねたのは、織田信長を狙撃した善住坊が、本願寺の要請で動いた事実を知っていたからである。
「いや、あの爺さんが京の寺まで詣でに行ったいう話はとんと聞かんな。 ところがあれは坊主清貧みたいに肉を食わん。わしは魚を売りに行ったことあるが、門前払いや。あんたは八百屋やからずっと出入りできるのう」
門徒が死をも恐れずに屍の山を踏み越えて徹底抗戦する一向一揆には、大御所の徳川家康だけではなく、織田信長を含め数多くの戦国大名が苦戦を強いられてきた。ただこの三代目服部半蔵はそのような戦乱の記憶が少ない世代である。唯一、彼が大戦を経験したのは関ヶ原の役で、下野国の大田原城や黒羽城において攻め寄せる上杉軍と対峙した防衛戦であった。ここで若かりし頃の彼はあの五助も構成員として活躍した鉄砲隊の指揮を執っている。ただ善住坊が信長を殺し損ねた話は戦国の語り草として、鉄砲が商売道具でもある彼が知らぬわけはなかった。
真昼の晩秋の空を映して煌く川の水面は、目を刺すほどに眩しい。半蔵はその強い光に促されるようにして決断した。
やはり観音爺さんは杉谷善住坊とは別人だ。豊臣家が既に無駄足を踏んだか、これから無駄足を踏むのか、そんなことはもうどうでもよい。
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