第5話

 服部半蔵はここまでの経緯を反芻しながら、老爺の暮らす小屋の前に辿り着いた。

 そこには屈強そうな先客がいた。半蔵の手下の五助である。彼は渡り商人の質素な格好をしており、それは半蔵も同じで、二人は観音爺さんに食糧となる野菜を運ぶ役回りを演じていた。ただ五助は数日前にここへ潜入していたが、半蔵は文字通りこの日が要注意人物との初対面になる。

 

 五助は半蔵が江戸で鉄砲奉行を勤めていた頃からの信頼できる部下で、当時は血気盛んな青年であった。半蔵が改易となって以降は、江戸幕府の老中の本多正信に仕えている。正信は古くから大御所の信頼も厚く幕政の重臣なのだが、その割に保有する領地が少ない吝嗇家であり、五助が冷飯を食わされ続けている境遇であることが、半蔵には容易に想像できた。しかし五助に腐心した様子は無い。むしろ牙を抜かれたというよりも、自然と少しづつ角が取れてきたような印象を受ける。

 

 小屋の中に入った半蔵は大御所の命令通りに目を皿のようにして、この観音爺さんを視界の中心に据えた。茣蓙を下敷きにして藁を被り、仰向けの姿勢で眠っている痩せ衰えた身体は、たとえ狸寝入りだとしても隙だらけで、暗殺者の匂いは微塵も感じられない。また室内も臭気がきつく雑然としており、無気力から生じたその不衛生な環境には投げやりな絶望感さえ漂っている。

 五助は苦笑いを浮かべて半蔵に目配せをした。多分、早く感想を聞き出したいのだ。半蔵は朴訥と目で相槌を打った。どうやら二人は短い時間で同じ結論に達したようである。

 これは杉谷善住坊ではない。

 何よりも 杉谷善住坊との決定的な違いは、予め入手していた証拠の右頬にある筈の親指の爪の大きさほどの黒子が無いことと、額に刻まれた三日月のような傷も無かったことだ。唯一知らされていた条件と合致して いる点があるとすれば年の頃くらいであろう。多分、大御所と同じ古希あたりか。


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