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「さっきから聞こうと思っていたんだが、この二人と桜庭は知り合いなのか?」

 当然そう問われるだろうと予想していた桜庭は冷静に答えた。

「眞木くんとは俺が交番の巡査だったころ、胸糞悪い事件の参考人として知り合った。地元のおばあさんが踏切の事故で亡くなって、その事件に高校生グループが絡んでいたという証言をした。結局目が見えないからと採用されなかったがな」

 すると眞木がふっと顔を上げて口を開いた。

「何人かの学生が旦那さんの形見を踏切内に置いて、そこにおばあさんをおびき寄せたんです。僕はその会話を近くで聞いていました。でも証言を信じてくれたのは桜庭さんだけです。おばあさんの死は旦那さんの後追い自殺として処理されました」

 眞木は昔を回想するかのような遠い目をした。当時のことは桜庭もよく憶えている。あのころはまだ交番勤務の制服警官で、通報を受けて駆けつけ、刑事や鑑識が到着するのを待っていた。

 当時集まった野次馬の中に眞木がいた。白状を手にそわそわと落ち着かない様子で立っていたのを見つけ、住宅街で聞いたという学生グループの会話内容を聞き取った。だがその証言は信憑性がないとして却下され、ただの自殺と結論付けられた。理由は言うまでもなく眞木が視覚障害者だったからだ。

 仮に証言が本当だとしても殺意を持って背中を押したのではない。そもそも学生グループというのは眞木が言っているだけで、どこの学校の生徒なのか、どんな制服を着ていたかもわからない。刑事を投入して捜査するには根拠がなさすぎた。

 あれから自分も刑事になり、事故の可能性がある些細な事件より、人命がかかった重大事件を追うほうが有意義だと思うこともあった。その理不尽さは自分が事件関係者になってみなければ実感できない。今回、桜庭は被害者遺族という立場になって初めて、真実を明らかにできないもどかしさを痛感した。

「……まぁ、そういうことがあって放っておけなくなってな。刑事になってからもちょくちょく様子を見に行っていた。結婚前に千尋を連れて挨拶に行ったこともあるし、リクくんや他の子たち、レイジくんやミユキちゃんとも面識がある」

 補足して説明すると、速水が呆れ顔で言った。

「桜庭……。しゃあしゃあと言っているが、それを隠していたのは問題だぞ」

「罰は甘んじて受け入れる。リクくんは俺に電話をかけてきて、目撃証言と証拠品を提出する代わりに身の安全を保障しろと言った。千尋を殺したのは警察関係者だと明かしたうえで、おとなしく出頭するのでは真実をもみ消されるからと言っていた」

 桜庭は仏頂面のリクを見やり、「それに……」と付け加えた。先ほどと打って変わり、鋭い刑事の目つきになる。

「君がすぐ通報できなかったのは、あの時間、あの現場にいた理由を追及されたくなかったからだ。そうだろう?」

「……」

「あのメモの書き手が君であることはわかっている。君は妻の旧姓を知っていた。それをあえて書き残した目的は、あのメモが悪戯ではないと俺たちにわからせるため。そして飯塚夏苗の死に注意を向けさせるため。リクくん、君と飯塚夏苗はどんな関係だ?」

 口をつぐんだままのリクの横で眞木が身じろぎをした。気付いたリクが制止しようとしたが、眞木は小さく首を横に振った。

「僕が悪いんです。買い物に行ったときそこにいた店員に注意が向いてしまって……」

「あのストラップだな。スマホについていた水琴窟の鈴の音、それと同じものが君に聞こえたんだろう」

「ええ。あのストラップは普通の鈴とは違う音がします。いつも近くで同じ音を聞いていたのではっとしたんです」

 そのときずっと黙り込んでいたリクが口を開いた。顔が見えないよう下を向き、震える声を絞り出す。

「……俺が勝手に行動したんだ。やめておけばいいのにひとりで店まで戻って、あとをつけて家の場所も知った。何をするつもりだったのか自分でもわからない。馬鹿だよな。自分を捨てて姿をくらました理由が知りたいなんて」

 そこまで一息に言うと、リクは力を失くしたように椅子にもたれた。桜庭は同情の面持ちでリクを見た。

「あのストラップは色違いのペアで売られている。ひとつは飯塚夏苗が持ち、もうひとつは君が持っていた。おそらく君が子どものころ、親子で訪れた寺で購入したものだ」

「……」

「つまり飯塚夏苗は君の母親だった。DNA鑑定をすればわかることだ」

「今さらどうだっていい。たとえ本当の親だとしても、親愛の情などこれっぽっちも浮かんでこない。それがあのときわかった」

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