18
東京からはるばるやってきた被害者の父親、御手洗誠は不遜を絵に描いたような人物だった。一介の警察官には到底手が届かないような高級スーツと靴を身につけ、インテリ風の銀縁眼鏡をかけている。
「冗談ですよね? 娘に続いて妻までもが行方不明? 警察という組織は一体どうなっているんですか。こんな怠慢ぶりでよく市民の味方を名乗っていられますね」
誠は応接セットのソファにふんぞり返って座り、正面に立つ渡と蔵吉の二人をねめつけた。
「ここはお茶も出ないんですか?」
「お茶? ……ここは喫茶店ではございませんので」
「そうでしたね。うっかりしていました。人ひとりいなくなったことにも気付かないスタッフの集まりですから、てっきり警察署ではなく喫茶店かと」
これでもかと当てこすられ、渡は横を向いてうんざりした。が、警察庁長官と本部長のやり取りを知る蔵吉はぺこぺこと頭を下げた。例によって不自然な髪の塊が横にずれているが、指摘する者はいない。
「申し訳ございません。現在も捜査員が一丸となって行方を捜しています」
「気休めの台詞など求めていません。少しはわたしの気持ちも考えてください。娘を誘拐され、つらい思いをしているであろう妻のもとに駆けつけてみれば、警察の怠慢のせいで行方がわからない。娘と妻が無事に戻らないうちは義父に合わせる顔がありませんよ」
イライラと貧乏ゆすりをする誠の後ろには、議員秘書の
「渡課長。少しよろしいですか」
凍りつきそうな空気の中、鑑識課員の
「どうした」
「誘拐が起きる直前の映像を画像解析しました。公園の広場を映したものです」
戸坂はパソコンを操作して静止中の映像を動かした。食べ物やアクセサリーの店が並ぶ広場に、イベントの開始の音楽とともに客が入ってくる。戸坂は途中で何度か映像を止め、人物を指して説明した。
「これが御手洗智代と唯花ちゃんの二人。入口近くの店で立ち止まっています。入江尚志とデイサービスの一団はここ、広場の中心に設けられたテーブルのところに向かっています。後方から来たのが眞木祐矢。レイジとミユキの二人組と一緒です」
映像の続きを見ていくと、白状をついた眞木が誰かに押され、あやうく転びそうになった。それをすんでのところで支えたのはミユキで、いたわるようにテーブルのところまで誘導した。一連の動作が自然で嫌々やっているようには見えない。
「そこで止めてくれ」
渡が気になったのは入江とミユキの距離だった。周りがどれだけうるさかったかにもよるが、互いの声が耳に入ったかもしれない。
「……十四年も会っていなければさすがに誰かわからないか」
実際、映像の中で二人の視線が絡むことはなかった。入江はデイサービスの高齢者のほうを、ミユキは眞木のほうを向いている。
このとき御手洗智代と唯花はまだ入口近くにいて、やがて唯花がひとりで駆け出した。何かいいものでも見つけたのか、他の客に混じっておさげの髪が跳ねている。
「見ていただきたいのはこのあとです」
智代が娘がいないことに気付いたとき、唯花は母親に背を向け、にこやかに手を振っていた。その先には両手で大きくバツを作り、「来ちゃダメ」のポーズをとる入江の姿がある。知り合いを見つけて喜ぶ少女と、それを露骨に恥ずかしがる年配のおじさん。これだけ見ればのどかな光景と言えそうだった。
と、人ごみの中から、帽子を被り黒い服を着た人物がぬっと姿を現した。唯花が来るのを待ち伏せていたようにも見え、母親のもとに戻ろうと振り返った瞬間、その前に立ちはだかった。
「誰だ、この人物は」
「鮮明化を試みましたが帽子を目深に被っているため顔が見えません。体型からおそらく男性だろうと思われますが……。とにかく続きを見てください」
戸坂が指さしたのはミユキである。黒い服の人物が唯花の前に現れたとき、誰よりも早く走り出していた。途中で入江にぶつかり、謝りもせず唯花のもとに駆けつける。そしてその手を掴むと一目散に出口を目指して走った。
そのあと数秒遅れ、智代が人ごみをかき分けてやってきた。何があったのかと訝る入江のそばに崩れ落ち、周囲の人が集まってくる。黒い上下の服を着た人物は騒ぎに紛れ、公園から姿を消した。
「誘拐が起きた瞬間の映像だけ切り取っていたので気付くのが遅れました。これだけ見ると被害者に危害を加えようとしたのは別の人物で、ミユキはその人物から引き離そうとした。そして今も少女を連れて逃げている。そういう風にも見えます」
「確かにそう見えるな」
渡はパソコンから顔を上げ、じっと宙を睨んで考え込んだ。これまで様々な犯罪を目の当たりにしてきた渡にも予想外の展開だった。
「一体何が真実なんだ……?」
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