第3話 二日目①

 翌朝、私は医務室で起床した。机に突っ伏していた顔を上げると、窓から差し込む朝日が眩しくて思わず目を細める。

(腹が減った……)

 朝食はもう出来ている頃合いだろう。軽く身支度を済ませ外へ出ると、予想通り、調理班が外で食事を配っていた。

「おう、おはよう、ロクドト」

「おはようセンマードン」

 センマードンから朝食を受け取ろうとすると、彼は器を差し出そうとした手をふと止めた。

「お前、スティル様の分も持っていって届けてくれねぇか」

「……何故ワタシが」

「昨日ギンズから聞いたが、スティル様はまだ調子が優れていないそうじゃねぇか。それにお一人で地下室にいらっしゃるんだろ? 昨日は食事もお一人でとられたそうだが、いくら神でもそれじゃあ元気にはならねぇだろ。診察ついでに一緒に食事をとって、心も体も元気にしてさしあげるんだ」

 私には彼女がそんな繊細な神には見えなかったのだが、センマードンは常に他人を気にかけている奴だ。スティルが屈強な肉体を誇る男性であろうが同じ事を言ってくる。それにセンマードンは、愚か者の多いディカニスの中で尊敬できる数少ない人物の一人だ。そんな彼の頼みを無下にする程私は愚かではない。

「分かった。持っていこう」

「おう、ありがとよ。ああ、それとこの後調達班が出掛けるそうだ。スティル様に何か必要な物がおありか聞いてくれると助かる」

「ふむ。了解した」

 私は二人分の食事が乗せられたトレーを受け取り、スティルのいる地下室へと向かった。

 彼女の部屋の前には、いつの間にか見張りが立てられていた。扉の前で二人の騎士が向かい側の壁を睨んでいる。

「扉を開けろ」

 両手が塞がっている私は見張りの騎士達に扉を開けてもらうよう頼んだが、騎士達は扉を開けるどころか、扉の前で剣を交差させた。

「何の用だ」

 見張りの一人がぶっきらぼうな声で言ってきた。

「見ればわかるだろう。キミの目は節穴か。スティルの朝食を持ってきたのだ。だがワタシはこの通り両手が塞がっていてその扉を開けられないし、キミ達はこの扉を開閉する為にそこに突っ立っているのだろう。扉を開けろ」

 お望み通り説明してやっても動く気配を見せない。これではスープが冷めてしまう。

「無礼な態度を取る奴をスティル様に会わせられるか」

 もう一人の見張りが口を開いた。何だ。そんな理由か。

「キミ達のせいで冷めてしまったスープをスティル様にお出しせねばならんのか? 礼を欠いているのはどちらだ」

「ぐぬ……」

 客人に冷めた料理を出すのは非礼とされている。カタ王国民で、しかも騎士であれば知らないはずが無い。冷めきった料理を出された事が原因で起きたラバスの戦いを(原因は他にも多数あるが、冷めた料理を提供された時に戦う事を決意した、とカルバスが語っていた)。二人は納得したようで、すぐに剣を下ろし、扉を開けた。ふん。初めからそうすればいいものを。

「入るぞ」

 私は睨まれているような視線を背中に感じながら、真っ白な室内に足を踏み入れた。ぐるりと室内を見回したが、白すぎてスティルがどこにいるのか分かりにくい。

「朝食を持ってきた。キミとワタシの分だ」

 声を掛ければ現れるだろうと思ったが、物音すら聞こえない。一先ずトレーを机に置き、彼女を探す。

 昨日来た時は出入口が一つしかない部屋だったが、あの後魔法で拡張させたのか、部屋の奥にも扉が一つ出来ていた。部屋全体にスティルの魔力が漂っているせいで分かりにくいが、その扉の向こう側からスティル本人から発せられる魔力も僅かに感じる。

「入るぞ、スティル」

 ノックをして扉を開けると、そこは寝室のようだった。天蓋付きの白いベッドが鎮座している。白い布団にくるまれて眠るスティルの顔は仄かに赤く、呼吸はどこか苦しそうだ。

(どうしたものか……)

 そうとは知らなかったにせよ、勝手に寝室に入ってしまった事に関しては後ろめたさを感じる。だがどこか調子が悪そうな様子の彼女を見て見ぬふりはできない。昨日彼女自身が言っていたように、まだ本調子ではないのだろう。悪化してからでは遅い。

「失礼するぞ」

 枕元まで歩み寄り、彼女の額に手を添える。どうやら熱は無さそうだ。

(あ……)

 近づいてしまったが為に、気づいてしまった。彼女の顔の、涙の跡に。悪夢でも見たのだろうか。それとも……寂しさか。

 スティルとディサエルの双子がいつも一緒にいるのかは知らないが、今回に限って言えば、共にいたところを無理矢理離れ離れにさせられたのだ。神といえども寂しさくらい感じるのだろう。

(心も体も元気に、か)

 確かにそうさせる必要はありそうだ。

「ん……」

 スティルがもぞもぞと動き出した。目が覚めたのか。

「ディサ、エル……?」

 スティルの額に乗せたままの私の手の上に、彼女自身の手が重ねられた。

「……?」

 ゆっくりと瞼を開けた彼女は、その視線を私の腕を伝って私の顔に向けた。

「……」

「おはよう、スティル。すまないな、キミのあぅわっ!」

 最後まで言い終わらない内に私は天井に投げつけられた。


「あのさ~、普通は返事待つよね? 扉開ける前に相手の返事待つよね? わたし達って好き勝手に相手の部屋に入るような仲じゃないよね? だったら待つよね?」

「……すまない」

 天井に向けて投げられた後、私は文字通り寝室から放り投げられた。暫くしてから身支度を終えたスティルが寝室から出てきて、今彼女は朝食を食べながら私に説教をしている。

「それにさ、わたしってば女の子なの。男の子ばっかりの集団に捕まっただけでも耐えられないのに、寝室に忍び込まれるとかもう最悪。怖くなって投げ飛ばしたくもなっちゃうの」

「……すまない」

 私はと言うと、またしても逆さまの状態で宙吊りにされている。

「ま、でも悪いのはあなただけじゃなくて、見張りの子達もだよね。後で一回殺しとこっと」

「……」

 すぐ殺そうとするのはどうかと思うのだが、それ以外の部分は反論のしようも無く、変に何か発言すればまた私が殺されかねない。見張りに立っている二人には申し訳ないが、私の身の安全を取らせてもらう。なに、心配する事は無い。記憶は消されるだろう。

「ん~。何かもう宙吊り見飽きたな。降ろしてあげるから、あなたもご飯食べていいよ」

「……どこまで自分かだっ!」

 頭から降ろされ、否、落とされた。本当に、どこまで自分勝手なのだ。

 起きた時から腹は減っていたからスティルと共に朝食を食べた。だが既に冷めていたし、彼女と二人きりで食べるというのは何だか落ち着かず、正直食べた気がしなかった。

「ねぇ、ロクドト。わたしに何か用事でもあるの? ご飯持ってきただけじゃないよね」

 彼女はこちらを見向きもせずに話し掛けてきた。まだ怒っているような雰囲気だ。

「ああ、調達班が出掛けるから、何か必要な物があるかどうか聞くよう頼まれた」

「ふぅん。ディサエルが必要って言ったら、持ってきてくれるの?」

「それは……どうだろうな。第一、魔王は行方不明だ。それにキミ達が信仰されていない世界に来たと言うのに、キミを捕らえられても魔王は逃がしている。だから調達班だけで魔王を捕まえられるとは考えられない」

「……だよね。ここに来るとしたら、自分で来るもん」

 そう言った彼女の声は、寂しさが滲んでいるように聞こえた。

「やはり、寂しくて泣いていたのか」

「……」

 軽蔑するような眼差しを向けてきた。見るのは勿論、それを話題に出すのも不味かったか……。

「わたしが寂しいって言ったら、あなたはわたしの寂しさを埋めてくれるとでも言うの? ま、あなたとしては、妹の代わりが出来て丁度いいのかもしれないけどね」

「っ……!」

 私は衝動的に立ち上がっていた。そんな私を、スティルは歪んだ笑みを浮かべて見上げてくる。

「わたしに妹の代わりになってほしいなら、お願いしてくれれば聞くよ? その願いを叶えてあげる」

 昨日は「聞いてあげる」と言っていたのが、今は「叶えてあげる」と言ってきた。私が願ったら、本当にそうする気だ。

「ふざ、けるな……」

「確かにわたしはディサエルと離れ離れになって寂しい思いをしてる。でも、あなただって妹が死んでからずっと寂しい思いをしてるんだよね? だったら、わたしがあなたの妹の代わりを務めてあげれば、あなたの寂しさも、わたしの寂しさも、少しは紛れるんじゃない? ほら、何て言うんだっけ。ウィンウィンの関係、ってやつ?」

「ふざけるな!」

 私はそう言ってやりたかったが叶わなかった。彼女が私の首を掴み、爪先がギリギリで届かない位置まで持ち上げたのだ。

「ほら、言ってみてよ。妹になってくれって。寂しそうにしてるわたしを慰めたいんでしょ? 妹を慰められなかったから。慰めたくても、壊れちゃったから」

「——っ!」

 彼女は何をどこまで知っているのだ。私の心の内までも見透かしているとでも言うのか。ディカニスの誰にも言っていないような事まで、全て知っているのか。私をどうさせる気なのだ。

「昨日も言ったでしょ? あなたに言わせたいの。ほら、言って。あなたの本心を」

 私は抵抗しようともがきたかった。だが彼女の瞳に見つめられると、何故だか抵抗する気が失せて、彼女の言う通りにしたくなってくる。ああ、クソ。また催眠術だ。私とした事が二度も掛かってしまうだなんて、情けない。目を逸らしたいが、逸らす事も許されない。と言うか、

(苦、しい……)

 首を掴まれているのだ。まともに呼吸ができない。早く楽になりたい。首を縦に振れば彼女は満足して離してくれるだろう。だがそれは駄目だ。抵抗しろ。彼女の言いなりになってはいけない。そんな事をしても妹が戻ってくる訳ではないのだ。だって、妹は……

「自分で壊しちゃったもんね」

「がっ」

 スティルが私の首を潰した。


 川のせせらぎ 晴れ渡る空

 鳥は歌い 魚は撥ねる

 さあ行け 新たなる神

 古き神を皆殺せ


 水は溢れ 火の粉は舞い散る

 勝者が歌い 敗者は黙す

 今始まる 新たなる世

 十の神を皆祝せ


 気がつくと、そんな歌が聴こえてきた。頭を撫でられている感覚もする。薄く目を開けると、私を覗き込んでいるスティルの顔がぼんやりと見えた。

「何故そう何度も殺すのだ」

「破壊神だから」

 私が聞くと、彼女は薄く笑みを浮かべてそう言った。

「答えになっていない」

「ん~、じゃあ……正しく信仰してもらう為、かな。わたしが何を司ってるのか、あなたは知ってたけど、それって本で読んだから知ってるって程度でしょ? 本当にわたしは破壊を司ってるんだって事を教えるのには、やっぱり壊すのが手っ取り早いもん。それに、あなたを壊した方が身に染みて分かるでしょ?」

「ああ。よく身に染みたよ」

 確かに最初は半信半疑であったが、スティルが破壊神である事はもはや疑いようがない。

 私は深い溜息をつき、身体を起こそうとした。その時に気がついた。顔のすぐ横にスティルの胴体がある。そこから視界を自分の足元に移すと、己の脚はソファのひじ掛けに乗せられていた。頭は枕にでも乗せられているのかと思っていたが、彼女の部屋のソファに枕やクッションが置いてあった覚えはない。

(膝っ……!)

 飛び起きようとしたがスティルに頭を押さえつけられた。

「待って。もうちょっと、こうしてたいの……」

 寂しそうな顔と声で言われると、彼女に殺されたばかりだと言うのに何とも断りづらい。

「わ、分かった……」

「ありがと」

 彼女は柔らかな笑みを浮かべ、また私の頭を撫で始めた。

 またも催眠術を使ったのだろうかとも考えたのだが、もしかしたらこれは彼女の特性なのかもしれない。スティルが司っているのは破壊だけではない。月もだ。月の力の詳細を調べても文献によって違いがあったが、月は古来より人々を良くも悪くも魅了し、影響を与えてきたという点は共通している。だからそうした力がスティルにもあるのだろう。白く輝く彼女の髪や肌は、まさに月の様だ。

「なあ。さっきの歌は何の歌だ?」

「エルニクトの歌。バーハローズが作ったの」

 エルニクトと言うのは、原初の神々が世界を滅ぼした時に起きた戦いの名前だと記憶している。バーハローズも確かその戦いに参加した、原初の神の一柱だ。

「人間って過去に起きた事をすぐ忘れちゃうから、歌にしてわたし達の事を人間に語り継いでもらおうって言ってバーハローズが作ったんだけど……その歌も、もう忘れられちゃったんだね」

 スティルがまた寂しそうに言う。

「神が増えすぎたからではないか? カタ神話だって、キミがカルバスを神にしなければ生まれなかった。キミ達が人間を神に認定する事で生まれた神話は、他の国でも、他の世界でもあるのだろう?」

「う~ん。まぁ、そうなんだけどね。たったの十人で世界を管理するのは大変だったから、他の優秀な人間も神にして手伝ってもらおう、って事でいっぱい神を増やしちゃったんだよね。今こんな事になってるのも、自業自得だよね」

「痛っ」

 言葉とは裏腹に、頭を強く叩かれた。

「何故叩いた」

「ムカつくんだもん……」

「腹を立てた時に暴力に訴える以外の方法を知らないのか?」

 私がそう言うと、スティルは以外そうに目を丸くさせた。

「え? だって、皆そうしてるでしょ? あなたは違うの?」

「ふん。神とは言えその方法しか知らないとは知性に欠けるようだな。ワタシは暴力に訴えるような愚かな真似は」

「暴力って別に殴る蹴るだけじゃなくて、言葉で脅すとか、無視するとか、そういうのも入るんだけど、あなたは違うの?」

「…………」

「ほら、皆そうしてるでしょ?」

 こう言われては、何も返せない。

「別にわたしはあなたがどんな暴力を振るおうと、それを責めはしないよ。人間の三大欲求って、支配欲、自己顕示欲、攻撃欲の三つだもんね。それに気づいて自制できる人はえらいえらい」

 幼い子供を褒めるように、スティルは私の頭を撫でた。私は何をされているのだ……? 褒められている様には感じない。むしろ馬鹿にされている。しかしそれを指摘したとしても、言い方によってはまた暴力を振るった事になるのだろう。自分の口の悪さを知らない程、私は馬鹿ではない。

「いい子いい子」

 私の心を読んだかの様に、スティルがまた頭を撫でてきた。恥ずかしすぎて他人に見られでもしたらそいつの顔面を殴ってやり

「スティル様、失礼します! こちらにロクドトがいると聞いて来たのですが、ロク……ロクドト⁉ 君そこで何をしているんだ⁉」

「あああああああ⁉」

 突然扉が開け放たれギンズが入ってきた。私は本当に今すぐにでも飛び起きて奴の顔面を殴ってやりたい衝動に駆られたが、私の頭を抑えるスティルの力の方が強くて叶わなかった。結果的にはその方が暴力を振るわなくて済み、良かったのかもしれないが……。

(いや、良くはない! この状態を彼女が解くまで奴に見られ続けるのだぞ⁉ 何も良くはない!)

 私はダラダラと冷や汗を流したが、お構いなしにスティルはのんびりした様子で言った。

「この子、ちょっと疲れてたみたいだから、休ませてあげてたの」

(平然と嘘をつくな!)

 キミがワタシを殺したせいだろう。と言いたいところだが、その原因と膝枕という結果に納得のいくような説明ができない。

「なるほど。流石スティル様です。大変お優しいのですね」

(納得するな!)

 話を合わせて彼女を持ち上げているだけなのかもしれないが、だとしても腹が立つ。

「な、何の用だ、ギンズ」

 諸々の怒りをどうにか抑えて私はギンズに話し掛けた。ギンズは何をしにここに来たのか今思い出した様な顔をして——実際には少し軽蔑も入り混じったような顔で——私を見下ろした。

「訓練中に何人か怪我をしたんだ。調子が悪いなら無理にとは言わないが……」

「いや、ワタシは大丈夫だ。何も問題は無い。スティル、悪いが」

 と、そこでギンズの眉間に皺が寄るのを見てとった私はすぐに言い直した。

「スティル様。申し訳ありませんが手をどかしていただけませんか。スティル様のお陰でワタシは大変元気になりました。今度はワタシが怪我をした騎士達の治療をせねばなりません」

 私の眉間にも大分皺が寄り、それをスティルは笑いを堪えるように肩を震わせながら見ていた。

「そう。それじゃあ頑張ってね」

 漸く解放された私は立ち上がり、ギンズの後に続いて部屋を出た。廊下を歩き、階段を上り始めた所でギンズは今なら誰にも聞かれないだろうと判断してか、私に先程の事を追求してきた。

「あれは何のつもりだよ」

 それは私が聞きたい。何のつもりでスティルが膝枕をしてきたのか、私にも見当がつかないのだ。

「彼女の部屋で気を失い、気がついたらああなっていたのだ」

 だから、彼女に殺されたという肝心な部分を伏せて要約した。嘘ではないのだからいいだろう。またギンズは口煩く何か言ってくるだろうと思ったが、意外にもはっと息を吸い、立ち止まって気まずそうにこう言った。

「そうか……。団員達の治療は君一人に任せすぎていたからな。医者は君しかいないから、どうしても君に頼らざるをえない。簡単な治癒魔法なら掛けられる団員は何人かいるけど、もっと高度で複雑となると、君しかできる人がいない。僕達は君に負担を掛け過ぎていたな。すまない」

 別に私はそれを負担だと感じた事は無いのだが、この場合はこの誤解を利用した方がいい。変に怪しまれても困る。

「団員達の治療をするのがワタシの仕事だ。だからワタシに頼るのは構わないが、そうだな。大怪我をする回数を減らしてくれると助かる」

「ああ。皆にも言っておくよ。でも、それはそうと……」

 ギンズは何か言い難そうにもごもごと口を動かした。

「スティル様がカルバス様の妻だって事くらい、君も知っているよな?」

「当たり前だろう。毎日の様に我が妻、我が妻と聞かされているのだからな。それがどうかしたのか」

「いや、その、確かに団員の中にもスティル様をそういう目で見る奴はいるけど……君もだとは思わなくて」

「……何の話だ?」

 ギンズにしてはハッキリしない物言いだ。何を隠しているのだろうか。

「ほら、君って女性と付き合ったりとか、一晩共に過ごしたりとかしないだろ? だから変わった奴だなと思う事は度々あって……ああ、いや。僕じゃなくて、他の皆がそう言っているんだけど……」

「だから何なのだ。ハッキリ言わないとはキミらしくもない」

「じゃあハッキリ言うけど、君はスティル様くらいの年齢の——いや、スティル様の実年齢じゃなくて、見た目の年齢の——少女が好みなのか」

「……」

 ギンズの言う“好み”と言うのが、単純な好き嫌いではなく、恋愛や性愛の意味での“好み”の話である事を理解するのに少々時間を要した。要してしまったが故に、今更否定しても簡単には誤解を解けない事も理解してしまった。先程スティルの部屋で見せた軽蔑するような目つきも、そうした誤解から生まれたものであろう。あれはスティルが私の頭を押さえつけていて起き上がれなかったからあの状態のままでいたのだが、ギンズの目には少女の膝枕を堪能しているようにしか見えなかったのかもしれない。

「別に、君の好みが何であれ、僕は言いふらさないよ。そういう人だって少なからずいるんだし。でも、ディカニスの評判に傷をつけるような事はするなよ? それにスティル様はカルバス様の妻だから、いくらスティル様がお優しい方だとしても、それに甘えすぎるのは……」

「待て。ギンズ。それは誤解だ」

 私が何と返すべきか迷っている間に、ギンズがまた一人で喋り出してしまった。勝手にあれこれ決めつけられては困る。反論しなければ。

「ワタシは相手の年齢や性別が何であれ、そうした類いの好意を寄せはしない」

「なぁロクドト、そうやって隠そうとしなくても大丈夫だ。言いふらさないって言っただろ」

「違う! そうではなく……」

 どうやってこの誤解を解けばいいのだ。仮に私とスティルの関係だけに絞って伝えたとしても、少女が好みだという誤解は解けない。何か別の勘違いをさせた方が早いのでは……。

(……!)

 ええい。こうなったらこれしか方法はあるまい!

「ワタシの様な天才が他人に興味を抱くと思うか。ワタシはワタシ自身しか愛していないのだから、他人を愛する訳がないだろう」

 この発言が嘘だとは言い切れない。故に真実味を帯びてギンズに伝わった。

「ああ、そうか……うん。そうだよな。君はそういう奴だったな」

 誤解は解けたが、その代わりに可哀想な人を見る目で見られた。

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