第二章 奥様はドラゴンだった!?

第11話 珍客

「はーあ……」


 山のような資料を目に、僕はため息をつく。


 シンクレーグを開拓して、一ヶ月が過ぎた。


 結局、僕は未だに領主として活動している。


 デ・フェンテ男爵には、農林水産大臣になってもらった。


 本当は僕が引退して、彼に領主の役割を任せようと思ったのだが。「王子が領主をほっぽりだすのは何事か」と父に説教されて、僕が渋々領主を続けている。


「冒険がしたい」


 あまりの仕事量に、僕は机に突っ伏した。


「いいじゃねえですか、ディータ。時々、ダンジョンには潜れるんじゃ。それでよしとしようや」


 仕事を手伝いつつ、リユが僕を慰める。


「そうはいってもさあ、もっと難易度高めのダンジョンを攻略したいよ」


「未開拓エリアは、今は調査中じゃ。もうちっと情報を集めてからにせんと」


 魔王軍がどこまで、シンクレーグに侵攻しているのかわからない。そのため、慎重に手を進めている。今は地盤固めの時期だ。領地を放り出すわけにはいかない。


 リユは、そう主張する。


「じきにレンジャー隊長ヘニーから、連絡が来ますけん。それまで自分の仕事をなされ」


 男爵令嬢ヘニーには、スカウト、つまり斥候になってもらった。パトロール職である。


 ヘニーなら、非常時にも自力で逃げられるだろう。戦闘時は後衛担当だ。僕の代わりに、魔法使い役を担当してもらう。ハーバリストのスキルで、回復役も担当する。


「じゃけん、城を立て直して」


「いや。城は防壁の建材に使用する」


 この街にも、人が増えてきた。大工は、なんとかなろう。


「なんじゃと? 城は国の象徴じゃぞ? それを惜しげもなく」


「いいんだ。まずは街を囲んで、安全を確保する」


 今は、魔物を寄せ付けないことが先決だ。


「ええんか? 城がなくなって、攻め放題なんてことは」


「下手なプライドを抱えて、『ここが城だ。せめてこい』って魔物や諸外国をおびき寄せるよりはマシさ」


 城の建材は、すべて提供する。


 ここは僕の領地だ。僕が全部取り仕切る。


「城は利便性を考えて、国庫にする。ソレ以外は廃材にして、城壁などの防衛費に回そう」


「おめえがそういうなら、ええか」


「でも疲れた。ちょっと昼メシにしよう」


 僕は、行きつけのカレー屋さんへ。


 シンクレーグの街にある空き家を買い取って、カレー屋にしたのだ。冒険者が大量に入れるように、広く作ってある。


 だが、その日は様子がおかしかった。とあるスペースが、がら空きになっている。


「は~い、ディータ。ワタシよん」


「アルビーナ姉さん……」


 店を空洞にしてたいのは、他ならぬアルビーナ姉さんだった。ボニファティウス家の長女である。


「みんな、知っておるんか?」


「ある意味で、僕より厄介かもね」


 なんせ、彼女は南のバリナン王国に嫁いだのだ。


「これ、おいしいわねー。ねー」


「ねー」


「ああ、紹介するわ。娘よ」


「こんにちはー。アンヤでーす」


 今日の姉さんは、娘を連れていた。アンヤとは南バリナンの女神の名前で、バリナンではメジャーな女性名である。


 ピッグテールを弾ませて、アンヤは甘口カレーライスを楽しんでいた。無垢な笑顔は、母親そっくりである。


 辛いものは得意だから、てっきりスープカレーとパンを楽しんでいると思っていた。しかし、姉さんはカレーライスを食べている。


「カレーが苦手なら、シチューもありますよ」


 パンにつけて食べるタイプのスープカレー、カレーライス用のトロトロ野菜ゴロゴロカレー、従来から世界中に愛されているシチュー。この三本柱で、シンクレーグはもっている。


「郷に入りては郷に従え、ってね。南バリナンが栄えた秘密よ」


 南東諸国と違って、バリナンは大国ながら他国の文明に対して開放的だ。なんでも受け入れる。もっとも移民を大量に受け入れる政府姿勢のせいで、現地国民の不満もマッハなのだが。


「なんの用事ですか? まさか、カレー目当てってだけじゃないでしょ?」


「今日は、ヒューテイン王の処刑を報告しに来たよ」


「ああ、新聞で読みました」


 南東ヒューテイン国の国王が、麻薬製造に深く携わっていたとして処刑された。バリナンの国王、ルドラ自らの手で。属国の不正を、本国が暴いたことになっていた。


 実際に南バリナンは、ヒューテインに密偵を送り込んでいたらしい。とはいえ、密偵からの連絡は途絶えていたという。おそらくその密偵も、アラクネのエサに……。


 現在のヒューテインは、バリナンの関係者が管理している。


「でね、貿易をしたいんだけど、どう?」


 ヒューテインは薬物を扱っていただけに、薬草関連の流通が盛んだ。ヒューテインを通して、行商人を呼び込めれば、さらに利益が見込めるだろう。


「こちらからもぜひ」


「ありがとー。そう言ってもらえると思ったよ」


「あの、姉さん。我がシンクレーグに対して、ルドラ国王はなんと?」


 バリナン国王ルドラは、新しい物好きだと聞いている。こちらに目を向けてこないか、心配だ。


「今のところは、ここに興味を示している感じじゃないわね」


 姉さんは、手をヒラヒラさせた。


「ここの地盤が安定したら、『そろそろ狩るかー』ってなるかも知れないけどね」


 しかし、僕たちを泳がせておいたほうが、南東へのけん制ができていいらしい。


「そうですか。情報ありがとうございます」


 なるべく目立たないように、活動したかった。しかし民のことを思うと、そうもいかなくなる。


「でも、あの暴れん坊がここまで偉業を成し遂げるなんてねー。あんた五歳の頃、魔法実験で離れをふっとばして……」


「いつの話だよ?」


 カレーを食べながら、姉との昔話に湧く。


 政治家モードの仮面を脱ぎ、僕も弟として接した。


 リユもカレーを口に入れつつ、興味深そうに聞いている。


「それはそうと、もう一ヶ月だよ? どうなのよ?」


「どう、という?」



「とぼけないでよ。赤ちゃんよ」



 僕もリユも、カレーを吹きそうになった。


「ゲホゲホ……まだ一ヶ月だよ!? 気が早すぎる!」


「でもさ、ウチよりオッパイデカいんだよ? デキ婚ってことも」


「セクハラが過ぎます、姉さん。一応お嬢様なんだよ」


「ごめんごめん。でもさ、リユさん」


 急に話を振られ、リユがあっけにとられる。


「こんな弟だけどさ、マジでよろしく」


 姉さんが、娘と一緒に席を立つ。


「じゃあアンヤ。ごちそうさましようか?」


「ごちそうさまでしたー」


「今日はありがとうディータ。じゃあ帰るから。それと、早く赤ちゃん見せてねー」


 姉が去った後、ようやくカレー食堂は落ち着きを取り戻した。


 だが食後、城に戻るとまたも緊迫した空気が流れているではないか。


 ヘニーが血相を変えて、戻ってきたのである。


「領主、大変です! 魔王軍がドワーフを強制労働させて、我が国に向けてダンジョンを掘っています!」

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