第10話 姉が大国の王妃で、困る

 しまった。僕としたことが。


 ヘニーを助けたはいいが、ロクになにも食べさせていない。この子の健康状態を考慮しないで、移動をしてしまった。


「すまない。もっと回復してから移動すべきだった」


「ご心配にはおよびません」


 僕が詫びると、ヘニーが馬車から出ていく。馬車の上に乗って、森の方へ視線を向けた。


 森の中に、数匹のアラクネを見つける。僕たちが戦った個体より小さい。


 ヘニーが、背中の弓をつがえる。


「いましたね。【チェイスファイア】。えいっ」


 放たれた矢が。アラクネの眉間に命中した。熱を帯びた矢は森を燃やすことなく、アラクネの脳だけを焼く。


「エンチャントで攻撃力を上げるだけじゃなく、炎を推進力に使うのか。なるほど」

「はい。これで、省エネで魔法を撃てます」


 表情ひとつ変えず、ヘニーはアラクネを撃ち倒していった。レンジャータイプの魔法使いのようである。


 アラクネを倒すたびに、ヘニーの身体が活性化していく。倒した魔族から、魔力を奪っているのだ。


 矢はヘニーの魔力によって軌道を変えて、アラクネだけを的確に仕留めていく。


「終わりました。参りましょう」


 三〇体ほどのアラクネをたった一人で始末して、ようやくヘニーは元気を取り戻した。あの力が、ヘニー本来の力なのだろう。


「えらい逸材じゃのう」


 リユが、口笛を鳴らす。


「ホントだね。城に着いたら、まともな食事をごちそうしてあげるね」


「えへへ」


 ヘニーは、楽しそうに笑った。


 戦闘時より、僕はこっちの顔のほうが好きかな。




「あなたが、リユ・キヴァ嬢ですな」


 城に入ってすぐ、リユが父王に質問攻めを受ける。


「お初にお目にかかります、王様。アタシは流れもんなのに、ダンナ様はよくしてくれます。一生かけて恩をお返ししますけん、結婚をお許しください」


 リユ嬢が、頭を下げる。


「こんな息子と一緒になってくれて、ありがとう。では早速、式の日程を」


「父よ。今はそんな時期ではございません。お話したいことがございます。今のうちに、父上のお耳に入れておきたく」


 おっと、ここで父を止めなければボロが出てしまう。絶妙なタイミングで、僕は話を切り替えた。


「お前たちの結婚より、大事なことか?」


「シンクレーグ領主のことと、南東諸国の動きについて」


「……では、聞こう」


 父も、折れてくれたようである。



 デ・フェンテ親子を交えて、ボニファティウス城の中で会議を始める。


 ヘニーは、リユと一緒にウチの特製カレーを食べていた。長旅で、さすがに全員の腹が減りすぎている。シンクレーグ名物を知ってもらうついでで、王にも食べてもらう。


 リユはそのままで食べているが、ヘニーには辛すぎる。なので、子ども用にはすりおろしリンゴとハチミツを混ぜた。


「私に、シンクレーグの領主を?」


「ああ。キミにこの土地を任せたい」


 まず提案したのは、デ・フェンテさんに爵位を与えることである。


「あれだけの土地を守ってきたのです。父上も反対なさらないでしょ?」


「うむ。まあ。反対意見はないよ」


 父王が、カレーを食べ終えた。皿の減り具合からして、満足げの様子である。


「何をしでかすかわからんお前に代わって領地を治めてくれるなら、こちらとしてもありがたい。ある程度、先が読めるからな」


 腕を組みつつ、父王はため息をつく。


「相当、問題児なんじゃのう?」


「まあ、キミをお嫁さんに選んだくらいだし」


「そうじゃった」


 リユが、カレーをおかわりする。


「私に務まるのでしょうか? ただのウッドエルフですよ?」


「土地勘は、あんたの方が上だ。この一帯のウッドエルフにも顔が利く」


 シンクレーグは、周囲を小高い山に囲まれた土地だ。攻められにくいが、食料供給や交易などでなにかと不便である。カレーを繁盛させて冒険者や行商人を呼び込んでいるが、それでも全ての管理は素人には難しい。


「どうしてまた?」


 デ・フェンテ氏が、僕に問いかける。


「僕は年齢的にも体格的にも、ガキでチビだからね。世間からは、舐められている。威厳のあるエルフが治めてくれている方が、箔がつくってもんだよ」


 ボニファティウスという家柄も、あまり世間からウケが悪い。なんせ、魔族の血族だから。


「と、いうわけで、領地をよろしく、デ・フェンテ卿」


 僕は、デ・フェンテ氏に領地の権利を譲った。彼には後日、ボニファティウス王国に向かってもらう。王から爵位をもらうためだ。


「それはそうと、麻薬農園に南東諸国が絡んでいるとか」


「これが、証拠です」


 僕は使いの者に、戦闘で拾った手を渡す。


 食事中のヘニーに見せないように、使用人は包んだ状態で証拠品を見せた。

 

 南東の王子があの事件に絡んでいるという証拠は、指輪である。


「麻薬農園で僕が戦ったのは、南東ヒューテイン国の王子でした。彼は結局魔物に食われ、証拠は失われましたが、その指だけ残りました」


「ヒューテイン国の他に、魔族の紋章が重なっているな。しかも、ヒューテインの方が魔族を従えようとしてやがる」


 さしもの国王も、口調があらっぽくなった。


 彼らヒューテイン的には、自分たちが魔族に取って代わろうと考えているのだろう。


「これは、国際問題になるぞ。急いで南東へ――」


「その必要はないわよー」


 ギャル風の女性が、ノックもせずに入ってきた。紐ビキニに長いパレオという出で立ちに、金属や財宝類をぶら下げている。歩くたびに装飾品がジャラジャラと鳴って、うるさい。


「ディータ。誰や、あのヘンタイは?」


 リユが、小声で無礼な質問を僕にしてきた。


「はじめましてー、東洋人のお嬢さん。このヘンタイめは、アルビーナ・バリナン。ルドラ・ドゥルーヴン・バリナン王の奥さんをやっています」


 地獄耳なのか、バリナン王妃は僕にしか聞こえない声を聞き取ったようである。


「し、失礼を。アタシはリユ・キヴァですわ」


「キヴァ……エィヒム地方辺境伯に、こんな美しいお嬢様がいたとはねー。しかも、ディータくんのお嫁さんで」


「なんでアタシが、ディータ……ディートヘルム様のヨメとわかったんです?」


「あだ名で呼んだじゃん。ディータって。そんな呼び方をするのって、家族くらいだから」


「家族、ですと?」


 リユがこちらに向き直った。


 僕は、うなずきだけで返事をする。


「この人は僕の姉さん。ボニファティウス家の長女だよ」


 僕の上には三人の兄の他に、姉が二人いるのだ。長女は、南の大国バリナンに嫁いだのである。しかも恋愛結婚で。


 この点も、ボニファティウスが南東諸国から睨まれる理由となっている。 


「パパ……ボニファティウス王、この一件、我が南バリナン王国が引き受けましょう」


 ちゃらんぽらんな我が姉も、さすがにくだけた言い回しをやめた。今回は家族としてではなく、国の代表として現れたのであろう。


「うやむやにするつもりではないな……ありませんよな?」


 姉の態度に、父も敬語で返した。


「もちろん。おそらく彼らは、ボニファティウスの手で処分してもらったほうがよかったと、後悔することでしょう。なんせ、『属国』が、本国に楯突いたのですから」


 無邪気にカレーを食べるヘニーを除く全員が、凍りつく。


「そんじゃーねー」


 包まれた状態の遺品を、姉はまるでお土産のように片手で持つ。きれい好きだから、触らないと思っていたが。


「ああ、そうそう。ディータ、結婚おめでとー。部屋にカレーの香りがしたから、驚いたよ」


「いえ。南になんの許可も得ず」


 カレーは本来、バリナンの名産だ。


「いいって、そんなの。ウチもひとくちもらったけどさー、ナイスだったよ。庶民的な味に仕上げたんだね?」


 背中をそらしながら、アルビーナ姉さんがサムズアップをした。


「まあ。そうですね」


「素晴らしいと思うよ。今度はじっくりと食べてみたいな。じゃあね」


 アルビーナ姉さんが見えなくなると、全員が「はーあ」とため息をつく。


「そういうわけだ。ディータよ、よしなに」


「はい。では僕たちはこれで」


「待て! 式も挙げずに出ていくのか!?」


「大量に、戦後処理が残っていますので。失礼します」


 これ以上ここにいたら、本当に偽装結婚がバレる。あの姉のことだ。なんでもお見通しみたいな感じだったなぁ。


 先が思いやられるよ。

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