第9話 麻薬農園のアラクネ退治

「ぬう! バカな! なぜだ。剣の軌道が曲がっただと?」


 首の血を押さえながら、騎士が後ずさる。


「このスキルは、【電光石火】という」


 雷の属性魔法をまとわせて、剣の先を伸ばしたのだ。


「メタリックジェルの素材と融合させて、剣に伸縮性を持たせたんだ」


「なんと……おのれ。ボニファティウスのガキが、こんなに強いなんて聞いてないっ。ガフウ!」


 騎士のマスクが落ちる。


「え、お前は!?」


「くっ! かくなる上は……おお!」


 ドシン、ドシンと、何かが近づいてきた。


 現れたのは、大型のアラクネである。上半身は人間の姿だが、大木くらいにサイズが大きい。クモのような胴体と、ハサミのついた腕を持つ。腹が異常に膨れていて、中は緑色の液体で満たされていた。


「遅いぞ、アラクネ! 今すぐコイツらを――」


 アラクネが不機嫌そうな顔で騎士を腕で挟み、持ち上げる。そのまま、騎士を頭から食べてしまった。


「うるっせえな。睡眠の邪魔だっつーの」


 騎士の手だけが、ボトリと落ちる。その指には、彼の国籍と地位を示すリングが。


 僕は騎士の手を回収し、アイテムボックスに保管した。これは、重要な証拠になる。


「次はお前たちをいただいちゃおっかなー?」


「やれるもんなら……!?」


 アラクネの腹が、透けていた。中には、幼いエルフが眠っている。


「そういえば、森といえばウッドエルフじゃのに、一人もおらなんだ」


「きっとあの子を人質に取られて、麻薬づくりを手伝わされているんだろう」


 これだけの規模がある農園を誰も管理していない理由は、これか。おそらくは、村の責任者に関係している子なのだろう。


 ならば、解放してやらないと。


「電光石火!」


 剣を伸ばす。雷のスキルを発動して、腹のエルフを助け出そうとした。


「面白いスキルを持ってるじゃん! けどさあ!」


 丸太のように太い足で、剣を防がれる。


「ディータ! 下半身は任せい!」


 リユが、剣に炎をまとわせて、アラクネの足を切り落とす。


「なあ!? このアマ!」


 アラクネが、リユを踏み潰そうとした。


「電光石火!」


 剣を伸ばして、アラクネの足をとらえる。そのまま足を切断した。


「ちくしょお! 【召雷】!」


 アラクネの腹が、光る。中の幼いエルフが苦しみだした。


 雷魔法が、僕たちに降り注ぐ。


 僕は飛翔して距離を取り、リユは雷を剣で受け止めた。


「あいつ、中のエルフっ子の魔力を、自分のパワーに変換しとる!」


「最悪な奴だな!」


 剣から【ファイアアロー】を放ち、アラクネをけん制する。


 だが、ロクにダメージが通らない。


 リユが、再度アラクネの足に斬りかかった。


「同じ手は食わないよ!」


 アラクネが、シッポから糸を放つ。


「くっ!」


 リユの足に糸が絡みついた。


「そのまま食っちまおうかね!」


「食えるもんなら食うてみい!」


 糸に吊り上げられながら、リユも剣を構える。


「むちゃするな、リユ! 【マジックミサイル】、全弾発射!」


 僕は、腕を交差させる。指から、小型のマジックミサイルを放つ。


 アラクネに攻撃を浴びせつつ、ミサイルでリユに絡んだ糸を切った。


「ナイスじゃ! 【焔の波】!」


 リユが、アラクネの人間部分を切り裂く。


「ぎゃあああ!」


 まずい。このままでは少女に引火してしまう。


「電光石火!」


 腹の周りを切り取って、少女を包む水を抜く。


「くうう!」


 なんと、少女の背中に触手が突き刺さっていた。

 アラクネの身体と、融合させられている。


「まずいぞ、リユ! これではアラクネを殺すと、少女も死んでしまう!」


「どないしたらええんじゃ!?」


 危機を察知したリユが、剣に付与した火の魔法を消した。


 アラクネが息を吹き返し、リユに猛反撃をする。



「僕がなんとかする! 【魔改造】!」


 背中に幻影の腕を出して、僕は少女とアラクネを切り離す改造を施した。

 魔改造の能力は、未知の知識から新しい物質を作り出すだけじゃない。

 作り変えられたものを、元に戻す能力もあるのだ。


「分離!」


 アラクネと少女を切り離す。少女を抱き上げて、僕は飛んだ。


「なああああ!?」


 エネルギー源だった少女を切り離され、アラクネが一気に干からびていく。


「今だ!」


「よっしゃああ!」


 リユが、アラクネの心臓に剣を突き刺した。


「あばああああ!」


 アラクネが、断末魔の叫びを上げる。


 エルフの少女を片手に持ちつつ、リユの襟をつかんだ。


 僕が飛び去った瞬間、アラクネが大爆発を起こす。


 魔物の破片が、農園に飛び散った。エルフの血を養分にしていたのだろうか。破片が落ちた地点の植物が活性化する。


「おお。この植物を急成長させる力を使って、麻薬を栽培しとったようじゃのう」


「だろうね……ん?」


 僕は、地面に降りた。


 エルフの面々が、やつれた顔で僕を見ている。


 助け出した冒険者によると、この麻薬農園をムリヤリ管理させられていたらしい。


「この子は無事だ。息はある」


「おお。なんとお礼を言っていいやら」


 男性のエルフが、僕に頭を下げる。彼が農園の責任者のようだ。


「では、僕たちに協力してくれ。麻薬農園は解体して、普通の作物を植えてほしい」


「承知した」


「ただ、できあがっている薬草は残して、ポーションの素材に使おう」


 毒も、調合次第では薬になる。彼らだって、熟知しているはずだ。


「……はっ。わたしは」


 僕の腕の中で、エルフの少女が目を覚ます。


 エルフの少女を、腕から下ろした。


「おお、ヘニー。無事か」


「おとうさま。おとうさま!」


 ヘニーという少女と、エルフの男性が抱き合う。


「わたしを助けてくださって、ありがとうございました。あなた様は?」


「僕はディータ。ここの領主だ。魔物から、この土地を奪還しに来た」


「ヘニー・デ・フェンテです。エルフを魔物から解放してくださって、本当にありがとうございます。わたしに、なにかお手伝いできることがあったら」


「じゃあ、街まで来てくれ」


「はい!」


 ヘニーの父親であるデ・フェンテ氏にも、街まで同行してもらった。


 だが、行き先はシンクレーグではない。


「どこまでいくんじゃ? シンクレーグは向こうじゃて」


「ボニファティウス王国に行くんだ。このデフェンテ卿に、シンクレーグを治めてもらう」

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