そこに山があるから、だからなに?

★まえがき


 『第53話 動の後の静は体感凪』 中





「いやそう言われるとそうなんだけどよぉ」

 山道の途中に設けられたベンチに腰掛けたあやを見下ろしてじんは頬を掻く。

 肺と脚の限界を訴えた仲間を励ますべく声をかけたのだが、言葉のチョイスを少々誤ったのだった。登山家の信仰、と聞きかじった知識はどうやら一高校生には通じないらしい。

「まぁ丁度いいし休憩しようか」

「ん……や、大丈夫だから」

「じゃあ休憩はなしにしよう」

「え……あ、え」

「休んでいこうか」

 班長と文のやり取りは短く終わり、一同はこの場に休息することと相成った。ベンチには文の他に女子二人が促されて腰を下ろす。優芽も涼も多少なり疲労を感じていたのは事実だったから譲り合いは発生しなかった。

 どう見たって、男子二人の方が元気であるが故。

「写真撮ろうぜ写真」

「なら、あのあたり背景に……向こうから、とかどうだ」

 リュックサックから一眼レフを取り出した仁が班長の指差す先に移動してレンズ越しに風景を見遣る。

 登っているものよりは低い山を背景に、フレーム内の右下あたりに人物が三人。

「悪くないな」

 言うも撮るも同時で二枚、三枚とシャッターを切った。

 勝手と言えば勝手に写真に収められた者たちから非難はない。数日前、話し合いの中でとっくに許可済みなのだ。

 今日の校外学習で、仁は写真係を拝命している。


 思い出と呼べるものがいくつかあって、それは記憶であり記録であり、脳裏に浮かべるしかないものであり手に触れ慈しめるものであり。

 いつか見返す写真であり。

 またパシャリと。仁は飯盒炊爨に苦闘する涼の横顔を記録に残した。

 紅葉も終わった寂しい木々をテキトーに撮った。

 別の班の歓談は、きちんと申し入れてレンズを向ける。

 ゴミ袋。は、管理人がまとめて処理してくれるという。一つの班当たり一つ、くらいはあろう丸々とした袋の集まりは、これはこれで記録する価値がある。

 そうして仁があちこち動くのに、班長が半分ほどは付き回る。


「珍しい。涼のこんな顔はじめて見たわ」

「な。これは高く売れるぜ」

 商売はもちろん制止された。


「あ、手伝います」

「そうかい? 助かるよ」

「いえこちらこそ、処分してくれるそうで、ありがたく思います」

 昼食の時間のいくらかはそうして二人、トラックにゴミ袋を投げ込む作業に費やした。

「なんでオレまで」

「うそこそ心にもないことを」

 見透かされるくらい、仁も割と好きな方だった。普通はやらなくていいことをやるのは。


 落ち着いて腰を下ろしたのは集団が形作る領域の端も端の木陰だ。

「涼との時間だけど」

「あぁ、いや、いいよそれは」

 横たわった静寂は短い。

「んなことより写真、飽きたわ。午後からはもう撮らなくていいか?」

「いいわけないだろ。……やる気あっただろ、急にどうした、って飽きたのか」

「なんとなく親父のカメラ持ち出してみたけど、ま、もう充分撮ったろ。それにちゃんといるしなあ、撮る人」

 仁が視線を向ける先には先生方に交じって知らない顔がある。その人物が学校側の雇った記録担当の人だとは生徒のほとんどは気付いていた。

「そうは言っても一人みたいだし。班の写真なんかは何枚あるかわからないんじゃないか」

「だーなー。で、やっぱ撮んなきゃ駄目?」

「……班長命令な。写真係は終日写真を撮り続ける事」

「あいさー」

 じゃあ撮るか、と、仁は午後にもカメラを都度都度取り出した。


 のが、一週間前。

「仁おまえ……」

「みなまで言うな。……ほい取り分」

「悪徳がよ」

「んーお互い様でげすなぁ」

 去り際に「ラインは超えんなよ?」と忠告されるから「そこはちゃんと見極めるって」と仁は返した。


 の、五日前。

 とある喫茶店にて。

「な、ん、で! なんでなぁんもしてないかぁこの小娘はぁ!」

「や、普通に楽しかったってば」

「ふつう! なにが普通じゃい! 普通ってなんじゃい! あぁん?」

「えー……これめんどくさいんだけど、助けてよ涼」

「希美は少し、急ぎ過ぎではないですか? もう少し見守ってもいいと思いますよ」

「涼……まいっか」

「急いでないって! ジレジレしてんの。文もなんとかかんとか言ってやりなさい」

「涼の言う通りだと思う」

「この裏切り者めっ」

「裏切るも何も希美の味方ってわけでもないけど」

「え……そんな、あたいたちの永遠と書いて友情は?」

「優芽とも永遠と書いて友情だし」

「文っ!」

「感動すんな小娘ぇ!」

「ねぇその小娘呼びはちょっとほんとやめて」

「あ、ごめん。……とにかくっ、わたしは……優芽にはね、幸せになって欲しいと思ってるわけですよ」

「ならなおの事、優芽には優芽のペースがあるのですから、そうあからさまにせっつくのはよろしくないのではないでしょうか」

「でもぉ」

「あからさま、はよろしくないですよ」

「! なーほど!」

「なるほどじゃないっ。もう、ほんとそういうわけじゃないってもう……もう……ほら注文、どうすんの!?」

 四人が四人、違う飲み物を指差した。

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