異世界流々

★まえがき


 『第55話 エピローグ』 後




 私の隣には異世界がある。


 ―――――


 突然だが、中学までの私という者はどうしてどうして、紛うことなき普通の人間だった。

 平で凡。

 地味な顔、平均的な体格。真ん中くらいの成績に不満はなく、てきとうな部活動は大会で一回か二回だけ勝って帰る。たまには勝つことなく帰る。

 友達はいる。いた、なのかもしれない。通う校舎が分かれて半年もしたら、彼女たちが私のスマホを震わせることはめっきり減った。私が彼女たちのスマホを鳴らすことも。

 代わりじゃないが、そう。

 中学までの私という者は普通の人間であり、普通な人間関係を築いていた、ということを、私は実感している。

「これは事件ですよ」

 細い顎を指で挟んで低い声で言うから、何事かと思った。

「ジャ〇プが回ってこない」

 なにも事件などではなかった。

 濃い茶髪のボブカット。少し小柄の可愛い顔をした友人は、見た目に反して少年漫画を好んでいるらしい。らしい、というのは、私が嗜む程度にしか書物に触れてこなかったからだ。漫画文化というもの自体に、見解を述べられるほどの知識を持っていない。

 だから私はただ友人を大袈裟に思うそのまま、言葉にする。

 友人は立てた右手を顔の前で大きく左右に振った。

「いやいやいんや! 大事件! わたしの一週間がはじまらないくらい大事件だって!」

 そう言って男子の輪に臆する事なく突撃していく友人を、見送る。

 思い出すのは入学式の後すぐのこと。

「おとなりさん? よろ~」

 いきなり砕け散っていた交流が、私を妙なところに連れてきた。

「ちょおい。ワ〇ピは? 今週のワ〇ピ読まないとわたしの月曜日がはじまんないんだけど!?」

「ちょっとは待っとけよ。つか、だっはっは、ワ〇ピ今週休みだぞ」

「ガーン!?」

 すごい。そんなこと自分で言葉にして口に出す人ほんとにいたんだ。

 少し離れた場所で繰り広げられる雑誌の回し読みに関するあれこれ、を聞いた素直な感想。

 はじめに友人に答えたのとは別の男子が言う。

「先週号でわかってたことだろ。わるいな。今週から俺も借りてるんだ。あとで渡すよ」

「いや次オレな?」

「レディーファースト」

 男子二人のやり取りはどこまで本気なのかはわからない。

 兎にも角にも、「よくわかってんじゃん!」と異性の肩に自分の肩をぶつけに行くことに躊躇のない友人というのは、中学までの私には縁のない人種だったのだ。

「元気だねー。隣がずっとあんなんだとたまに疲れるでしょ」

 そう言って友人の席に別の友人が腰を下ろした。

 私はそれを肯定する。二回の席替えにも関わらず離れることのない座席と騒々しさは、たしかに時には疲労の元になることもあった。

「あはは。だよねだよね」

 茶髪のセミロング。上背は平均くらいで目鼻立ちのはっきりした美人。笑うと、眩しいくらい。

 人の繋がりは広がっていくもので、向こうで男子に交じって同じ雑誌を覗き込んでいる友人と、この目の前の友人は、なるほど私の少ない経験から言ってもいかにも結ばれそうな点と点なのだった。

「……むう……近すぎ」

 つまりそう、たぶん無意識に呟いている友人というのもまた、私にとって妙な交友だと、そう思う。

 クラスの中で一番、存在感を発揮する女子の集団に、私などが紛れるなんて。

「あのくらい気安いと、付き合いやすいのでしょうね。ああいえ、友人として、という意味です」

 妙と言うなら、たぶんこの黒髪の友人が一番妙だ。半年は経たない程度の以前、長かった髪をばっさりと切ってきたのはどんな心境の変化だったのだろう。そろそろ肩くらいまでは伸びてきた髪はぬばたまみたいに艶やかで、それに負けない顔の造詣はどんな表情も芸術にしてしまう。

 怖いくらいの美人、というのが、怖いくらい何を考えているのか読めない。

「ちょっと、えーと……行ってくる」

「はい」

 と言ってひらひら手を振って見送る相手は、小さい頃からずっと一緒の親友、なんだよね?

「なにか? どうしました、妙な顔をして」

 訝しんでいた私は慌てて取り繕う。とりあえず、珍しく持ってきている大きな荷物について訊いてみてその場を誤魔化した。


 ――――――


 陽だまりのような温かな突風。

 見ている方が焦れるような豊穣。

 分厚い雲に隠された月光。


 私の隣にはたくさんの異世界がある。


「また執筆のメモ書きですか?」

「まぁ、ちょっとした書き物程度だけどね」

 普通な私の、少しだけ普通じゃない趣味の話。

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