冬の装い
★まえがき
『第19話 休日前の「また明日」』 中
★
それは雑貨屋に立ち寄った時のことだった。
小物、特に服飾のパーツを多く取り揃えた店で、一角に設けられたコーナーに多様な手袋が展示されている。
靴を買いに駅前ビルに来た琴樹が優芽、涼の二人と期せずして合流してから、かれこれ一時間が経過していた。
「買っとくかなぁ」
女子二人の荷物持ちとして休日の買い物に同行することになった琴樹だが、気になるものが目に入れば、優芽と涼から離れない程度に自分の都合とも折り合いをつけていた。
同じ店内であるならば、バラバラに各自で見たいものを見たりもする。
いくつか良さげなデザインのものの手触りを確認していると、思いの外近いところから名前を呼ばれた。
「幕張君は」
視線を向ける間に問いかけられる。
「手袋を買うのですか?」
涼の視線は琴樹ではなく、琴樹が触れる皮地の方に注がれていた。
「どうしようか悩んでるとこ」
もう一人は、と周囲をさっと眺めた琴樹は、離れたところに青いマフラーを掲げる優芽を見つけた。
「そのうち買わなきゃとは思ってるけど、急ぐことはないしな」
冬の盛りはまだ先で、慌てて装いを整える必要はない。去年の時点で窮屈を感じていた手袋は買い替えがほぼ必須だろうが、どうせなら高校三年間使い通せるものを選びたかった。
耐久性について。デザインについて。
「そうですか。ところで、赤がお好きなのですか?」
色について。
涼の疑問は、しばらく観察していた相手が同系統の色合いのものばかりを手に取っては目を眇めていたからだ。
「いや、俺は別にそんな、赤色に拘らないけど……」
なるほどたしかに。涼が記憶している限り、数少ない涼の見たことのある琴樹のプライベートにおいて、特に赤が目立っていたことはない。とは言っても本当に全然、多くを知るわけではないから、たまたま見たものに嗜好が顕著に表れてはいなかっただけかもしれないが。
「涼も買っていくか? 手袋」
「そうですねぇ……ひとつ、幕張君が選んでくれてもよいですよ?」
「よいわけないだろ。……それに涼に赤は似合わねーよ」
「あら。ではどの色が似合いと?」
「さぁ。黒とか?」
琴樹は涼の頭、髪を見遣って言う。
「……赤も嫌いではないのですけどね」
「わるかったよ。まぁ、俺のセンス的にはって話だ。好きに選べばいい」
「赤以外から?」
「赤も含めて」
涼はくすりと小さな笑い声を零すと「見て回ってきます」と言って琴樹の傍を離れていった。
一人に戻った琴樹は、未だにマフラーの選出に難儀しているらしい優芽を見た。赤が似合うなら、それは涼よりも優芽だと思っている。
やがて誰ともなく集まって結局、その店では三人とも財布を開くことはなかった。
「なんかしっくりくるのなかったんだよねぇ」
ぶらりと歩きながら、優芽は腕組みして話しだした。
「模様……色かなぁ」
それは半ば独り言ではある。あるが、涼が拾い上げた。
「マフラーの話ですか?」
「そうそう。マフラー以外もだけど。微妙にこう、ビビッとくるのがなかったなぁって」
「優芽の買い物は大体、いつもそうですものね。コレ! と見定めた時には値札も見ないんですから」
そこまで言って涼は琴樹の方に顔を向けた。
「この間など、手の届かないコートを三時間も眺めていたんですよ。私が行きましょうと言っても、やだと言って聞かず」
「わわ、変な話しなくていいって! もう、涼、やめてよ!」
「可愛らしいエピソードではないですか」
「そんなこと思ってないでしょ! 涼だって!」
三人寄らなくても姦しい。というか一人で三人分の優芽が、いらない口を開く涼を許したのは次の店に着いてからだった。
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