一章『出会い編』 小話
異世界観察
★まえがき
『第17話 とある火水木金土』 のある日
★
ドラマが好きなのではない。
人が好き。
―――――
夕食後の時間には、週に二日くらいはテレビの前に陣取る。正確にはテレビ視聴用に設けられているソファに座り込むわけだが。
並んで座って、人が織り成す
「ぜんかいのあーすじ!」
コメディ色の強いドラマの、番組冒頭の無駄に凝ったあらすじが芽衣のお気に入りだった。
画面なんてものはそのためだけに見ていると言っていい。
バン、と映し出された『前回のあらすじ!』が斜めに表示されているせいで、読み上げる芽衣の頭も、なんなら体まで一緒になって傾く。
優芽はそっと、妹がソファから転げ落ちないか横目に窺った。
テレビからは若い男の気取った声が聞こえてくる。
『君はあの蟹座のように美しい』
前話の中盤に、主人公がヒロインに告白した場面だ。
(星とか……星座でいいじゃん。そこは。蟹座に指定しなくていいって)
蟹座の解説テロップを流し見しながら優芽は思う。
それに今まで星や星座に関するエピソードとか設定もなかったじゃん。と。
主人公やヒロインが蟹座ということもない。ついでに、あの、と指差す先が間違っていると注釈が画面に出ているし、かといってヒロインは星座に詳しいわけでもないから間違いに気付かないし男の指差す先を見てそれっぽい星を探している。
つまりまぁ、折角の雰囲気にあって盛大に外したのだと、そういうことを伝える前回のあらすじなわけである。
そうすると、芽衣は優芽を見上げて言う。
「めいはかにさん、すきだよ?」
「……どんなところが好きなの?」
「おいしー! から! めい、かにさんすきー」
カニカマは蟹じゃないという残酷な真実をいつか打ち明けなければいけないことに涙し、ている風を装って優芽は無垢な幼子の頭を撫でてやった。
「明日、ママにお願いしようね、蟹さん食べたいですって」
「わぁ、いいんですか!?」
カニカマ=蟹=高級食材、と騙くらかす母が悪い、と優芽は思うのだ。「特別だからね」と言って食卓に並ぶ数百円の蒲鉾は芽衣の好物の一つだった。
かにさんの歌を口ずさむ芽衣の横で、優芽はドラマの方に集中する。そうは言っても、見入ったり真剣にのめり込むタイプの作風ではないから非常にリラックスした姿勢ではある。
だらん、とひじ掛けに凭れて、手は絶え間なくポテトチップスの袋に伸びていた。
そんな姉のだらしない様子とテレビ画面とを、芽衣の目は行ったり来たりと忙しい。
ドラマを観るのが好きなのではない。
ドラマを観ている姉が好き。
あるいはそう。
「おねえちゃんも、おててにちゅーされたあうれしい?」
「んー……ないなぁ。引くわ、フツーに」
おねえちゃんの嗜好を知れるから、姉と一緒にドラマを観るのが好きなのだった。
「おにいちゃんにはぁ? おにいちゃんにちゅーさえたら、すきー?」
芽衣がそう問いかけると優芽は数度、瞬きしてから、咽た。
「ちょ……変な想像させないでよ! うへっ、喉入った」
「おねえちゃんだいじょおぶですか?」
「あんたの……まぁ、いいわ。えーと、なに? 幕張……おにいちゃんに手の甲に……ちゅーされたらって?」
「うん! あれ!」
芽衣が指し示しても場面は転換しているのだが、十秒ほど前には、たしかに主人公がヒロインの前に跪いてその手を取り、唇を落としていた。
それはこのドラマにしては珍しく、美しい脚色に彩られてはいた。いたが、それが様になるのは主人公役とヒロイン役だからこそだ。イケメンと美女だからだ。かつ、それがドラマだから。
「ないない。あんなカッコつけられてもさぁ、普通はあれだから、ドン引きだから」
ドラマはドラマで現実は現実。
「どんびき?」
「そ、ドン引き」
「どんびきー……そっかぁ」
芽衣は静かになってしまって、またドラマの視聴に戻る。
姉もあの美人なおねーさんみたいに喜んでくれるかと、そう思っただけに少し落ち込んでいた。
おててにちゅーはだめ、を、芽衣は覚えた。
ドラマが終わる頃にはいい時間になっていて「くっ……ふぅ」と伸びをした優芽は母に呼びかけて、母の早智子が芽衣を伴ってお風呂に向かうのを見送る。
それから、宿題でもしよう、と自室に上がるためにテレビの電源を切った。
―――――
(でもたまには、カッコつけたりっていうのも……わるくないけど)
頭の中でイケメン俳優の顔が置き換わるのは、頭を振って廊下に散らした。
これはそう、全部芽衣のせい。
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