前日譚

Magic night 1

★まえがき


 本編以前 文化祭




 十月最初の休日、二日間に亘った学校祭の終わりを告げる放送が響く。

 平易な文言に覚えるのは確かな寂寥で、それは自分だけではないらしかった。

「終わりかー。……終わっちゃったね」

 燕尾服に身を包んだ優芽が零すと、同じ格好の希美が相槌を打った。

「だーねー。なんか、結構あっという間だった感?」

「あんたの場合は意味が違うけどね」

 文の声色は厳しい。それもそのはずで、ホールに立つべき予定の少なくない時間を、希美はどこぞに行方をくらませていた。

 接客用に用意していた執事の衣装を着たままでだ。

 それがある意味では人を呼び込む一助にはなっていたようだが、文化祭実行委員という立場上、文は希美の行動を良しとは出来ないはずだ。

「ま、いいんじゃねーの。そうピリピリすんなって」

 文と共に実行委員としてクラスを支えたもう一人、浦部君の対応が甘いから猶の事。

「わぁい、浦部はやさしーなー。付き合ってあげようかぁ?」

「マジにしていいのか?」

「ごめんなさい、浦部はタイプじゃないの」

「だろうと思ったわ!」

 浦部君は希美の冗談を適当に流すと、手を打ち鳴らすことでクラスメイト達の注目を集めた。

「ざっくり、生ものと最低限だけ片付けな。ソッコー返さなきゃいけないもんは返しに行って、そのままグラウンド行っちまっていいから。んで残った奴は周り片し終わったらオレか西畑に言ってくれ」

 一時間後には後夜祭がはじまる。

 メインイベントは、校庭で実施されるキャンプファイア。あるいは託けた、ありふれた言い伝え。

 焚き火の最後、火を落とす瞬間に触れ合っていた者たちが未来を約束されるという、よくある噂話。



 そんなジンクスに則り、今日! わたしは彼氏を作るのである。と思って、誰かいい感じの男子いないかなぁって学祭中も校内を探してみたわけだけど……。

「まぁ、そう上手くはいかないよねぇ」

 制服に着替え直して、グラウンドに幾つか置かれた長机の一つに頬杖をつく。

 当日に探し回ってるようじゃ無理なんてのは自分で分かっていたけど、それはそれとして、楽しそうに恥ずかしそうに踊る男女を羨ましく、じゃなくって恨めしく、じゃなくって特に意味もなく眺めている。

 曲目の一つにカップル(予定含む)限定を盛り込んだ生徒会の誰かさんはどちらさんなんだろう。十言くらい文句を言ってやりたいよわたしは。

「こう言ってはなんですが……衆目環視の中でよく踊れるものですね」

「それな。くそぅ、リア充カップル共め。涼も一緒に念送んない?」

「やめておきます」

 わたしはやめないけどね!

 手首を引っ付けて手のひらから念波を送る。目覚めろわたしの中の放出系。

「幸せ太りしろ~。太ってしまえ~」

「黒いのか白いのか半端ですね」

 隣で涼が澄ました顔をしている。ちみも太りたまえ。

「こっちに向けないでいただけますか」

「乙女の恨みじゃあ」

 イケメン、カースト上位、部活のエースetc。

 選り取り見取りに向こうから寄ってくる端から袖にする黒浜涼はわたしたち一般女子生徒の敵である。

 あとこいつも。

「やめれ」

 ペシリとわたしの手の甲を叩いてくれやがる白木優芽なんてものもまったく「やってられんわぁ」。

 我がクラスの誇る白黒姫(いま命名した)にわたしは肩を竦めて見せる。

「はぁぁぁあ! なんで君らここにいんの? あそこでダンスってればいいじゃん。さっさと彼氏作って浮かれポンチって踊り狂ってくればいいじゃん」

 二人して「そう言われても」だぁ? 神はなんという手抜き野郎なんだ。需要と供給考えろ? そんなんだから科学に負けるんだぞ。



 いつも以上に希美が荒れたキャンプファイアも終盤に差し掛かり、私たち四人もバラバラになった。

 絶賛恋人募集中の希美は当然として、優芽も涼もオクラホマミキサーの輪の中だ。

 私は自由参加には加わらなかった。二部制で、今は一年生たちが輪を作っているのだが、それを外から眺めている。周囲を観察すると、そういう一年生は少なからずいるようだった。

 私のように引け目を感じているのか、先のチークダンスに参加していたからか、後に勇気を出すつもりなのか、どれでもないのか。

 主催側として学校に居残った三年生からジュースを受け取って、私は人の少ない場所を探すことにした。

 後夜祭には一年生と二年生だけが参加するのが伝統であるらしい。

 私も二年したら、たった二年で、先程ジュースを渡してくれた先輩のように落ち着いた雰囲気を身に付けられるのだろうか。

 強く炎に照らされる活気に満ちた人たちよりも、そこから離れていくほどに、静かに佇む人たちの方こそ、魅力的なように思える。

 傾向としてであって全員が全員当て嵌まるわけでもないけれど、結局のところ、私自身が内在する活力で劣っていると思っているから、静穏に安らぎを覚えてしまうのだろう。

 たんに希美の元気さに疲れただけかもしれないけれども。

 それとも普通に出し物で疲れたかな?

 一年一組は執事喫茶で文化祭に臨んだ。執事、ただし女子、である。

 一部の男子が声高に叫んだメイド喫茶は却下され、それでもと縋られて女子一同も妥協と興味から受け入れたのが、執事バージョンだった。

 これが好評を博した。内部にも外部にも。

 希美を筆頭に、実際に執事の格好をするとコスプレのようで楽しかったらしいし、優芽や涼をはじめとした人気のある女子生徒の執事姿と給仕というのは多くの客を呼んだ。

 実行委員として裏方を担当した私は、片割れの委員に促されてもクラスTシャツ以外に腕を通すことはしなかった。それを今は、少しだけ後悔している。

 この空のどの星に誓えば来年の私は、一歩でも半歩でもいい、進めているのだろうか。

 そんなことを、思う時点で、進めないのだろうか。



「可能性に賭けるっ!」

 と言って希美が男子の一団に突撃していくから、私や涼、文はそれを見送った。私だってジンクスその話は知っている。面倒事は避けたかった。

「どうしよっか。あと十分くらい、だけど」

 20時ちょうど。までには少し時間がある。

 遅い時間ではあるから下校は極力、多人数でと言われているし、駅までを四人で帰るつもりでいる。希美は「私はおまえらと一緒には帰らん! 絶対にだ!」と勇んでいたけど、まぁ、たぶん四人になることだろう。

 というか、そんな取って付けたように恋人を作るとか、ほんとにやったら私は希美を怒る。友達として、軽薄を簡単に認めてなんてやらない。

「私は少々、用がありまして。行かせていただきますね。帰りはご一緒させていただきますので、またのちほど」

「え? うそ……え?」

 私と文が言葉の意味を理解する前に涼はさっさと行ってしまった。え?

「わわわわわ。ど、どうしよ文、あれ、うそ、あれってこと!?」

「お、落ち着いて優芽。おおお落ち着くのよ」

 涼が去り際に唇に指を立てて「希美には内緒ですよ」と残していった余韻があんまりこう、色っぽ……いや、艶やか? とにかくなんていうか、そう、大人びていたせいで、私と文は抱き合って怯えてしまっていた。

「一歩や二歩じゃ全然足りないぃ」

 私はうんうんと頷く。文の言うことの本意はわからないけど、涼が遠く先を歩いているというのは時たま感じることだった。

 ほとんど幼馴染みたいなものだというのに、私と涼は随分と違う人間だ。

「文化祭こわぁ~」

 これが学生最大のイベントの魔力ってやつなのだろうか。

 そんな感じで少しふざけ過ぎたからか、視線を感じる。一つ二つじゃない。文と離れてなんでもない風を装っておく。

 もう間もなく、後夜祭が終わる。広いグラウンドに思い思いに散らばった生徒たちが見守る中、消火にあたるのだろう人たちが焚き火に近づいていく。

 放送が、あと五分、を伝えて、隣から「あ」と声が上がった。見遣ると文は、いつの間にか近くにいたクラスメイトを呼んだ。

「幕張君」

「お疲れ様、西畑さん。白木さんも」

「ありがとね、衣装の返却」

 もちろん、女子が着用したものの、ではない。幕張というクラスメイトは男子だから。

 女子が扮する執事がメインの喫茶出し物ではあったけれど、男子の数人も仮装して対応していたのだ。主に体格や顔つきに(怖っぽい)雰囲気のある男子が数人。幕張もその一人。

「いや、クラスの方はあんま手伝えなかったからな、このくらいは全然。わるい、こんなタイミングに」

「それこそ別に構わないっていうか、声掛けたの私の方だし」

「……実は、タイが一つ足りなかったらしくて。燕尾服の」

「えっ!? ご、ごめん。それ、小夜さんが?」

「いいや、さっきたまたま会った生徒会の人に言われた。それで西畑さん見つけたから伝えておこうと思ってさ。キャンプファイアの後にするつもりだったんだけど」

 そう言って幕張はバツ悪そうにする。

 一分前が告げられる。

「続きは後にしておこうか」

「いいよ今で。いいよね優芽?」

「ま、私たちには関係ないしねー」

 配慮される方がはずいし?

「関係ないこた、ないと思うんだけどな」

 幕張が言っているのは周りの人たちの視線のことだろうけど、残念ながらそれらは私と文の寸劇のせいなのだ。うん、恥ずかしい。

「タイ、だけど、オレンジのやつが足りないらしい」

 基本の黒の他に色々用意されていたタイのうち、オレンジ色のものが行方不明らしい。……えーと。

「白木さん、オレンジ使ってたよな」

 むしろ私以外に使ってなかったような気もしないでもない。

 まさかまさか。心当たりなんて全然ないけど、ポケットを探ってみる。燕尾服から制服に着替えて、上はクラスTシャツだけど、そんなわけだからまさかそんな。

「……あはは」

 手に当たった感触に私は笑みを浮かべる。大体のことは笑っていれば誤魔化せるせる。

「……生徒会の人に渡しておくよ」

 幕張が私に向かって手を伸ばす。

 私は大人しくその手にポケットの中にあったものを預ける。



 火が揺れる。

 組み積まれた薪が崩され、少なくない歓声がグラウンドを包む。

 一つの大きな炎として辺りを照らしていたものが分かたれ、それぞれに残り火も落とされる。

 それでも燻った残滓と、星月だけの、薄暗闇。

 誰かが「あ」と呟いた。




★あとがき


 タイトル「Magic night 1」ですが、この話に直接的に2や3が続くわけではありません。2や3を近々に投稿できるわけでもありません。(2023.2.24)

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