第1話 - 裏切りの短剣

人間の国の最も大きな鉄帝国の王がマリーを嫡子に据えるまでに何があったか。


王は耄碌していた。宰相は善人であり鉄帝国の戦争における民や兵への残忍な所業を水面下で抑えていた。戦争が続く限り税金は上がり続けるし人は若い者から矢面に立たされる。鉄帝国が常勝の国たる所以に数々の凄惨な法が看過されていたのだ。


この王を排斥しない限り鉄帝国はおろか、人間の住む場所はなくなってしまう。宰相の悩みは尽きない限りであった。その宰相の娘にグデレースという女がいた。

グデレースは宰相の教育と十分な愛を受け、宰相に伍する先見の明があった。後を継がせたくはないと言われたがグデレースは鉄帝国の要となる宰相の次席に座りたがっていた。父の行動が多くの民の命を救っていたからだ。


宰相は鉄帝国の法を犯して独自の黒き刃という独立隊を有していた。その黒き刃の兵たちが先んじて血を啜る獣の存在を突き止めたのだ。人と変わらない姿で街に溶け込み人を喰らう獣の存在が世界中に行き渡っていく事実と鉄帝国の侵略戦争という覇道が矛盾を生み出し、帝国の趨勢を変えることを確信した。宰相は事実を事実のまま、王に嘆願した。侵略戦争を止め、各国で鉄の連合を組むことを上奏した。

王は聞く耳を持たなかった。宰相は投獄され凄惨な拷問を受けた。王は暴君になり果てていて、異形の存在を信じることができなかった。王座から立ち上がるときでさえ助力が必要な老いた老人に新しき理を説くことは不可能であったのだ。

宰相は最期まで拷問に耐えながら正道を叫んだ。しかし聞くものはいない。夏の蛾のように命を終えた。


声を聞くものがいなくとも届くことは叶った。宰相の娘、グデレースの心に決意の炎が灯ったのだ。暴君を排斥し、新しき王を擁立し、人間の結束を図ること。

グデレースは王にさらなる侵略と資源の略奪の知恵を捧げると、宰相の座に就いた。その夜こそ新たな宰相グデレースの最初の政となる。王の寝室に側女と成り代わり忍び込むと王の首を短剣で掻っ切った。王の弑逆を遂げたのだ。


鉄帝国が混乱に陥る間もなく、王の血を引く娼婦の女の娘、幼きマリーを新王に擁立させ、意のままに鉄帝国の槍の切っ先を前から背後へと向け直した。

鉄帝国の世界を呑む侵略戦争は終わったものの、これより先は新しい戦争がやってくる。全ては新たな宰相のグデレースの想定のままに進んでいくも、想定を外れることがこの先数えきれないほどにやってくる。血の獣たちの暴威、空を駆ける名前を呼ぶのも畏怖される第三勢力の存在の出現、後年明らかになったことだが、この戦争が始まって数年でグデレースは先の暴君の王よりも遥かに多くの民や兵を犠牲にした。遥かに多くの残虐な政策を説くことになった。


街で名も知らぬ子どもから背後から突然刺殺されたとき、宰相は安堵して眠る様に死んだという。




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