Bloodless

鉄野要

序章

「戦争は一本の槍から始めることができる。しかし戦争を終結させることは、経験豊かな国家指導者でさえ容易な事ではない。流血に汚れた壁を元通りのきれいな壁にするのは多くの流血だけである」 ― スカーレット・ダグネル


血の獣たちと戦ったあの日々を私は忘れはしない。

忘れてはならないが故に書に私はあの時の事を書き記そうと思う。

私の罪が永劫神に許されないために、私が英雄と呼ばれないために。

我が聖像が絶えず汚され続けるように願いを込めて。


星歴756年、私たちは凡そ想像しうる通り、民族間で不毛な争いを続けていた。

我が鉄帝国は領土の拡張を求め、足りない資源を求め、時の名誉を求め、勇名を求め、人間は終わらない戦争を続けていた。多くの人々にとって空の青さがいつも皮肉めいて見えていただろう。


星歴758年、時の最も大きな人間の国、鉄帝国の王家、現王が暗殺された。

王家の王には嫡子がいなかった。密にされた娼婦との間に王は一粒種の子を残していた。それが卑しい娼婦の子、洗濯婦の私、マリーだ。

王の死去を大通りで知ったとき、私は初潮を迎えて間もなくだった。


迎えられた日、私は鉄帝国の若き宰相グデレースから、槍を持たされた。

血の繋がりが無ければ扱えない呪物の槍、『無惨』という魔槍があった。

振るえば敵軍に確実な不幸が訪れる槍であり、それを握らせられたとき私には信じがたいことにそれが羽根のように軽く感じた。王はこれを振るい敵国の将兵を悉く灰燼に帰してきたのだろう。

ダグネル王家宰相グデレースは私を王家の正当なる嫡子として扱うように私の素性を改竄した。

少し前までまで洗濯婦として働いていた私は王家の鎧を着せられ、新しき時代の平和の王というシンボルにされたのだ。


鉄歴760年、私たち人間の時代の中で人間の歴史における大きな転換点が訪れた。

それは人間と見まごう…新たな星における上位の存在が突然的に発生したことだ。

彼らは人のような姿で、一個体が人ひとりよりも遥かに優れた膂力を持っていた。

そして人の血を食物にしていた。人の街に溶け込んでいた。人と関りを持っていた。古き生き物であり、系譜があった。名誉と矜持に生きる隣人であった。


彼ら血の獣たちが我々に戦旗を掲げてすぐに、国が、人が、変わった。

村々が様々な国の騎士によって蹂躙された時代がこうも早く終わるとは思わなかった。深紅の色の戦争による均衡が、駆け足のように崩れた。

話は単純で、人が同士で争うよりも恐ろしい敵が現れたから、人は争う余裕がなくなったのだ。


最初の数年は人類が各国と同盟を組むまで、そして彼らの世界的な出現と襲撃に耐えるのに時を要した。古強者の兵たちが、血の獣の少女の牙に首を噛みちぎられては狼狽するばかりであった。

小さな国々があっという間に滅び、彼らに征服され、ようやく我々は彼らに伍するための軍事力となる『蒼銀』の存在にたどり着いた。


蒼銀で誂えた槍を彼らの心臓、頭に突き刺すと彼らは瞬く間に灰になった。

この蒼銀の存在が致命点となることが人類の知恵者と決死隊の成果として明らかになった。人類は彼らの糧となる地点から彼らをまた狩り返すという新しい場面に到達したのだ。


それから私が老いて何もできなくなるまで、”血の獣”と呼ばれる者たちと、人間と、口に出してはいけない畏怖される者たちの三つ巴の争いは実に長く続いた。


国という国が誰も彼も血を落とす川の水を探すことが難しくなるほどに死屍累々と死体が積み重なった。赤く悍ましい物語の始まりである。

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