魔女と人形師のないしょ話 =内職を添えて=

「契約は終わったかしら?はいこれ今月の素材」


「終わった。どうも」


いつもなら普遍的に使われる宝石人形用の素材は魔女の使い魔であるカーバンクルが持ってくるが、様子見がてら魔女自ら持ってきたようだ。

依頼しておいたを素材を金と交換して応接室の机の上にまとめて置いてもらう。



「ほんっと気持ち悪い空間になるわよね」


魔女は杖を一振りして窓を開けると、ふわりとレースのカーテンが揺れた。

外から吹き込んでくるそよ風が少し心地いい。


「で、言ったの?」


「なにがです」


私は素材を仕分けながら魔女に視線を向ける。

魔女は部屋の隅にある水槽のようなお風呂の湯舟のような大きなガラスケースで、山盛り放置していたワイバーンを部位ごとに解体していた。

血抜きがしっかりしているのか、あまり汚れた様子はない。


「とぼけちゃって、あの宝石人形よ」


「なんのことだか」


「あの宝石人形はルビーじゃなくてレッドスピネルでしょう?」


「……光を当ててじっくり見なければ違いはわかりません」


「んふふ。王室は知ってるはずなのにねえ?石がちがうとわかっても王が言うならレッドスピネルもルビーになるのかしらね」


「あの人は元々ルビーでしょう」


「なんだ気づいてたのね。えらいえらい」


頭を撫でてきたので手で払う。


「作業止まってる」


「その分魔法で動かしてるでしょうが。あっ、いくつか生姜もらって帰るわね」


魔女はいつの間にか作業を止め、ガワだけは優雅に紅茶を飲みながら私で遊んでくる。

言っても聞かないクソババアへの不満の矛先を変え、助手であるダイヤモンドの宝石人形に拗ねる。


「この人にはもてなさなくていいか……バカ生姜まで摘みにいこうとしなくていい!」


にっこりとした笑顔で躱されたがいつものことだ、これは私の言うことを聞きやしない。


ひとつため息をつき、普段の助手服である頭の黒いリボンと首のタイ、腰元のエプロンリボンをほどく。

白いシャツの釦を1つずつ外しタータンチェック柄の赤いスカートを落とすと普段の助手服を剝がすことができた。


ダイヤモンドは親油性と劈開性という性質を持つ。

油を吸収することで輝きが鈍くなり一点の衝撃を与えると割れてしまうのだ。

故に、庭先といえど普段着以上に対策してやる必要がある。


ダイヤモンドの宝石人形には服の装飾で傷にならないように紫外線避けだけでなく油などの汚れを表面で留める特別な染料を隅なく塗ってある。

その上に衝撃避けの魔法を練った糸と麦わらで作った白ワンピースと麦わら帽子着せる。

首元の留め具となるワンピースのボタンと麦わら帽子のリボンには魔女によって魔法を増幅させる魔法がかかっているため全身を耐衝撃素材で覆う必要がないのは大きな利点だ。


物に触れる手先などは特に問題だ、錬金刺繍師の父が油を弾く効果を付与する図案である水鳥と兎の刺繍が施された総レースの手袋を付けさせることで重点的に手先の保護をさせている。

これが暑い時期の完全防油衝撃避け外出スタイルの完成だ。


「保存の籠を持って行きなさい。なにかに直接触れたらすぐ見せること」


「庭先でしょう?相変わらず過保護ね」


「ここは色々と魔性生物が住み着いるので、裏山よりは少ないでしょうけど」


「全部素材よ」


クスクス、と魔女は悪辣さを湛えて笑う。

話を戻すように声のトーンを落として魔女は命令してきた。


「彼女が第一王女。プリンセスロワイヤルってことは黙ってなさい」


「アリ王女は出自のことを酷く気にしていらっしゃいましたけど」


「他人の劣等感なんて知らないわ。でもねえおまえは弟子だから忠告してやってんのさ、王家に睨まれたくはないだろう?」


自己本位で奔放、しかし懐に入れるとそれなりに情に厚い。

それが魔女だ。



「私はただの人形師です」


「それを許してもらえないのが王家の伝統さ」


弟子が獄中死なんてもうこりごりだよ。


寂しそうに、綺麗に笑うものだから私は言い含められてしまった。

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