ドールメンテナンス。症状:マスター登録

「紋章の位置はわかりますか」


ルビーの宝石人形に問うと、自らの頭部に重なった頭髪部分を頭頂から毛先部分を撫でる。

古代の石造建築技術を応用したとされる流動化された柔らかく細かな宝石群を、左右の肩に流し後ろを向いて人形師の椅子の膝の上に乗り上げてきた。


「首の裏ですか。……王室へ納めるならそのあたりになるのか」


首に触れ紋章の彫りあとを確かめる。


「随分人懐っこい。いや世間知らずね」


「先程は美しいカーテシーでしたが……恐らく宝物庫あたりに大切に仕舞われていたのでしょう」


魔女は少し考え込み、曖昧に口を開いた。


「……そういえばここ二百年ほど王女は産まれていなかったかしら。女に褒賞として与えれば古臭い人形を処理するにはピッタリってことねぇ」


失礼な、アンティークと言ってほしい。


「……なんと恐れ多いことだ。今からでも、」


戦場の乙女はモノの価値に怖気づき、目を白黒させる。しかし、魔女は上品な黒猫のようなニヤケ面で遮る。


「恩賞願い出たんじゃあなくて下賜されたものなんでしょう?余計に断れないわよ。」


「しかしだな、」


「貰えるものは受け取っときなさいな。何なら金に換えてもいいわね」


「不敬なことを、できるわけないだろう」


「断れないとわかって押し付けてきたのに?あぁ外聞気にするなら砕いて売ればそこそこの値段になるわよー」


「破壊を進めないでください」


魔女の言葉に乗せられないよう遮りつつ、戦場の乙女に向き直って説得する。


「新しい王女様が御生まれになるまで預かっておく、という心構えでしたらいかがでしょうか」


「……そうだな。わかった自分がこの人形のマスターになろう。宜しく頼む」


「では、まず名前を決めましょう。名前を付けることでアリ様とこの宝石人形の間に由縁が生まれます」


「ふむ、名前か…………なかなか難しいな。例えばなのだが、彼女の名前は何というんだ?」


そういって助手であるイヤモンドの宝石人形を見やってくる。


「あぁ、これは祖父の遺品を引き継いだので私はマスター登録時の名前を知らないんですよ。なかなか気難しいのか私をマスターとは認めてくれませんでした。なので便宜上ですが、助手と呼んでいます。契約の名前はジェーンなど簡単に推察しやすいもの以外ならまあなんでも」


「それならマルグリットだ」


「いい名前ですね。かの聖女からでしょうか」


「お言葉を受けたことがあるんだ」


「成程」


戦場の乙女らしい宗教的な名前。メンテナンス性も高そうだ。


「では、首の裏の紋章部分に両手を触れながら私の言葉に続けて心の中で唱えてください。ほら戻って、先のベットでうつ伏せに」


ルビーの宝石人形改めマルグリットを立たせ、ベット兼研究台の上でうつ伏せになるように指示する。


「話は纏まったのならアタシの仕事は終わりね」


神性に弱い魔女がドレスローブを翻し箒でぱぱっと飛んでいったことを確認してから、口伝の聖約文を読み上げる。


『黎明に輝くマルグリットよ、主に与えらえた時が羽ばたくまでアリの灯を御守りください』


すると、降臨祭の日に教会へ降り注ぐような神聖な光が宝石人形から溢れた、かと思えば麗魔に様々な色を放つ光の玉ウィルオウィスプが可視化される。

発光反射する部屋の様子はかぼちゃを収穫し終わった頃にある妖精祭のよう。

あれは町中が妖精や精霊たちが集まり夜でも眩しい。


十番街石端通りのような田舎では大して珍しくもない妖精だが、人の多い首都では日に1羽みつければいい方らしい。

ただし、妖精祭の時期だけは多くの妖精が往来を行き来するのだ。

妖精のいたずらか存在の増加で神魔性の比率が狂うのか、あの時期はウィルオウィスプや火の玉も見えやすくなる。

妖精祭前後は魔性がとても濃い時期だ。


で、あれば


チラリと神性魔性値を卓上の測量計をみると、予想通り高密度かつ均衡を保っていた。




宝石人形は神の御業と呼ばれているが、測量計からもわかるように宝石人形自体の加工には魔性の濃い素材だけではなく魔法が掛かっている。でなければ、ここまで魔性に触れるはずがない。


例えば宝石人形のサイズ。

パーツが分かれているとはいえ、少女を組み上げることができるほど大きな宝石だ。

創り出されたとされる大昔にこれほど大きな原石を採掘できることも、宝石を加工することも限りなく不可能に近い。

だがしかし神授物ではない、神授した神を表すシンボルがどこにも入ってないからだ。

そもそも窪みのある彫られた紋章がある時点で人工物なのは間違いないとは思うのだが……。


宝石自体にサイズを大きくする魔法がかかっている。

と、思う。多分、悔しいな全然わからない。



やめだ。いくら暇だとはいえ、思考に耽るのはまた今度にしよう。



契約が終わったのか、宝石人形の光が収まりウィルオウィスプは見えなくなった。

宝石人形をじっと見つめていた戦場の乙女の視線が外れたタイミングで声をかける。


「身体の不調など契約の影響はありませんか」


「問題ない」


「これで契約は完了です。新しいドールマスターの誕生を宝石人形師として歓迎いたします」


「ありがとう。何かあればまた頼むことがあるだろう、手を貸してくれると嬉しい」


「勿論でございます。お気軽にお申し付けください」

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