神性素材:天使の歌声

「それでは、メンテナンスを始めましょう。赤子を掴むような力加減で宝石人形をこちらのヘッドの上に寝かせて頂けますか」


研究台を兼ねたベットに宝石人形を出すように指示する。

戦場の乙女は亜空間から恐る恐る、まるで産まれて初めて妹に触れる小さな姉のように宝石人形を取り出し寝かせる。

私は戦場の乙女を来客兼仮眠用のカウチに座るよう促してから、お決まりの白手袋を装着し欠損や大きなひび割れはないかしっかりと確認し、大きな修復が必要ないことがわかった。


「ルビーの宝石人形だ」


ルビーの宝石人形は軽やかに立ち上がり淑やかにカーテシーをする。

元国宝なだけあって随分と躾けられた宝石人形だな。


「ルビーといえば疑愛の妙薬ね!数百年前、気に食わない女につかったことあるわ~」


「これはそれほどに危ないものなのか!?」


懐かしそうに語る魔女と目を見開いて立ち上がる戦場の乙女、パチクリと瞼を動かしながら戦場の乙女を見つめるルビーの宝石人形に頭が痛くなる。

改めて、ルビーの宝石人形を研究台兼ベットに座るよう促しながら宥める。


「不必要に怖がらせるのは辞めてください」


「んふふ」


「心配ありません。確かにルビー疑愛の要素を持ちますが、それは魔女が魔性を釜で煮詰めた場合です。基本的にルビーは情熱や仁愛といった善の要素が強く、神徒である貴方であれば神性を帯びさせることも可能でしょう」


クソ魔女はあとで怒るとして、客である戦場の乙女をなだめるようにルビーの性質について説明する。


「神徒など恐れ多いこと。……便宜上神学徒といったが、自分は身元も不確かな教会出身の孤児だ」


戦場の乙女は国から下賜されたルビーの宝石人形が危なくないものであるとわかり一瞬安堵の表情を見せたが、別の地雷を踏んでしまったのか困ったような笑顔で否定した。


「あら戦場の乙女ともあろうものが卑屈ね。神軍での功績を考えれば神徒と名乗っても問題ないでしょう?それとも神の遣いとされる王侯貴族の血脈を清い血とでも崇めるのなら是非とも神性素材にさせて欲しいものね」


「面白い冗談だな。魔女殿は優しいのだな」


おそらく冗談ではないだろうな。

私も魔性でも神性でもない植物をメンテナンスに使うから、プラシオライトの修復に使ったアメジストセージとか。

魔法生物と生物と人間の体液の違いはあるのだろうか。


「別に、アタシは不幸そうな顔してるガキがダイッキライなのさ」


戦場の乙女さん、尊敬のまなざしで魔女をみなくていいですよ。

この人下心ありきなので。


「はいはい。えっと、戦場の乙女さま?」


「そういえば名乗っていなかったか、アリと呼んでくれ」


「…………アリ様は宝石人形についてどの程度ご存じですか」


「宝石でできた高価な人形としか聞かされていない」


「成程。ではまずは宝石人形についてお話しましょう」





「宝石人形は、複数の宝石からなる人形です。巨大な原石からそれぞれパーツを切り出し組み立てたとされています。こちらの宝石人形はルビーからなる宝石人形ですので、多少高価なオートマタという認識で構いません」


「オートマタ……軍の戦闘マシンが確かオートマタだったか。誤って力を入れなければ問題ないといことだな」


戦場の乙女は鋼の塊を握力で破壊できるってことか。

戦略をひっくり返せる力があるという噂はどうやら真実らしい。


「オートマタと異なる点として、言語による意思疎通は不可能です。幾度教えても発しないことから意図的に言語認識ができないようになっているようですが、知能は備わっているようでこちらからの問いかけには会話以外の返答方法を用いて応えることができます」


「ふむ……?燃料など運用に必要なものはあるだろうか」


「燃料については不要ですが、日頃のメンテナンス用に街の人形屋や錬金刺繍師から宝石人形の手入れ用クロスを買っていただくとよいでしょう。アリ様の宝石人形はルビーですので、時々空拭きして頂ければ問題ありません。また現在のような肌色の表層を保つためには専用の塗料を塗り定期的にメンテナンスを行う必要があります」


「そうか、今後のメンテナンスも人形師殿に任せよう。次に宝石人形とはどのように使うのだろうか」


「こちらでメンテナンスを行うドールマスターの方々ですと、観賞用や側仕えになさる方が多いですね。会話は不可能ですが、音として認識しているのか歌わせることは可能ですのでオルゴール代わりにされている方もいますよ。ほら、歌って」


私の助手であるダイヤモンドの宝石人形にあらかじめ決めていた歌を歌うように指示を出す。

教会でよく歌われる子どもたちのための祈りの歌に魔女は興味なさそうに、戦場の乙女は少し懐かしむよう目を細めて聞いている。


次第にその声は厚みを増す。

ルビーの宝石人形は子どものような声色で朗らかに音を紡ぎ、妖精の戯れのように声が重なる。

それは美しい二重奏のハーモニーとなった。


戦場の乙女は一瞬驚いたような顔をして、ルビーの宝石人形をみつめていた。


「これは、いいな。……ただ、声色は変えられないのか」


「今のところ解明できていません。力不足で申し訳ありません……この声はお気に召しませんか」


「いや、あまりに天使の歌声と似ていて落ち着かない。恐れ多い」


「天使の歌声ですか、比喩などではなく?」


「あぁ」


天使の歌声というものに興味が沸いてあれこれ聞こうとしたが、魔女がルビーの宝石人形を指しながら割り込んでくる。


「神軍が出張ってくるときに流れ込む耳障りな清くて甘ったるい声さ。魔女のアタシにゃ毒だけど、これの声は聴けるから別ものよ」


「神に見捨てられたとされる魔女にも天使の歌声は聞こえるのか!?」


「そりゃあ耳が付いてるもの。戦場を共にする魔女協会の奴らは耳障りだとか言っていなかったのかしら?」


「彼女たちは狩りの終盤にならないと来ないのだ。そもそも神軍とはあまり話したがらないものだろう」


「ははっそれもそうさね」


天使の歌声、宝石人形の発声器官の研究に使えそう。宝石人形ごとの音域拡張に応用できないかな。

天使を飼えば神性素材の安定供給できたりしないか、後で魔女から話を聞こう。


と、そのまえに


「そろそろマスター登録を始めましょうか」

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