ルビーと戦場の乙女

人形師と裏山の魔女

十番街 石端通り


ここは世界に打ち捨てられた屑石どもの街

人通りが少なく入り組んだ通りを抜け、どん詰まりに辿り着く


蔦や植物によって隠され、ひっそりと佇む煙突付きの一軒家が見えてくる


さっぱりとした装飾扉を開けるとドアベルのカラリとした音が響く、そこには希少な人形の修復を行う人形師がひっそりと店を構えていた




さて、今日のお客様は…………


「お母様が来たわよ~」


「邪魔するなら帰ってください研究で忙しい」


「おや、おまえは冗談もわからない子になったのかい?」


ゴシック調の黒い傘でふわりと舞い降りたお母様と名乗る人物は、黒のドレスローブを身に纏った美しい女性だった。

金糸のように美しいブロンドを肩に流し、三角のとんがり帽子で惜しげもなく押さえているがその輝きをちっとも隠せずにいる。

ヴァイオレットの瞳が弧を描き蠱惑的な怪しさを強調させ、血のように赤く艶やかな唇に普通の男ならば目が離せないだろう。


彼女こそが魔法における人形師の師匠、裏山の魔女である。



しかし、人形師はというと、一瞥もくれずにプラシオライトの実験記録をつけている。

先日の仕事が終わってから、紫色の一般的なアメジストとサラマンダーの住む火山でしか発掘することができない特別な緑色のアメジストであるプラシオライトの違いをまとめた。

ついで、アメジストを加熱加工した人工シトリンと人工プラシオライトの褪色用に作った液の効果は表れるかという実験を行った。

結果はシトリンのみ効果が表れず、人工プラシオライトには反応があった。

仮説として中和剤の影響、アメジストセージの影響が考えられる。

更に実験を行い、中和剤を黄色のものにして、アメジストセージの葉の代わりに根を刻んだもの両方を加えると成功した。

では、アメジストとシトリンの混ざったアメトリンはどうだろうかと仮説を立てている最中の人形師であった。



しかしそれが気に食わないのか、魔女は手に持った魔法の杖をくるくると回し、なにかを手の中に出現させて人形師に言い放った。


「せっかく他国までゴーレムの核を盗んできてやったってのに、こいつは山にでも捨て置くかね」


ゴーレムという言葉に人形師は思考を止め魔女の手元を凝視する。

土塊でできた人形は未完成という名を付けられてはいるが、宝石でできた宝石人形と原理はそう遠くないと人形師は考察しており、宝石人形作りの参考になると考え、いつかゴーレムの核を手に入れ実験したいと思っていた。


「昔から欲望に素直なガキだこと。とことん魔道に向いてるってのに」


「私は宝石人形師です」


「魔を利用し神に触れようとする愚か者」


「そんな私を魔に引きずり込んだ貴方だってどうかしてる」


人形師は不機嫌そうに魔女を見やる。


「おまえは賢くかわいかったからな。魔女集会に連れて自慢するには丁度良かったのさ」


「貴方が拾ったんだ。最後まで面倒見てくださいね」


そういって人形師は魔女を渋々招き入れる。


「仕方のない子だこと」


魔女はゴーレムの核を人形師に手渡した。

人形師はそのつぶやきを聞かなかったことにして、背を向けて応接室兼研究室へと進み。道中で助手であるダイヤモンドの宝石人形に来客を伝えた。


ダイヤモンドの宝石人形による給仕はいつも通り完璧である。

今日はアップルシナモンとチョコレートのフレーヴァ―ティーにパンプキンクッキーで客人である裏山の魔女をもてなす。


「クッキー?ダイヤモンドに油と火はだめなんじゃなかったか。おまえがあんなに神経質になって言っていたのに、いいのかい?」


「防油防熱の染料を数年前に開発しました。流石に不便でしたから」


「へぇ~師匠にみせてごらんなさい」


「別に普通ですけど」


「いいから見せてみなさいって」


人形師は渋々といった表情で立ち上がり、丸く平べったい銀の缶を机の引き出しから取り出して渡す。

魔女は銀の缶を開き、まず香りを確かめた。そのあとで透明な染料を指でひと掬いし、魔女のとんがり帽子の先についているレッドムーンストーンへと塗布したあと魔法でいきなり燃やし始めた。


「おーすごいわね。月光が篭ったムーンストーンを割れないよう護るなんて大したもんだよ。師匠として鼻が高いわ」


「家を燃やすなクソババア」


「燃やすわけないだろう。ババア舐めんじゃないわよ」


人形師は諦めたようにパンプキンクッキーを頬張り始めた。

魔女は一通り人形師をからかい満足したのか、フレーヴァ―ティーでのどを潤して、人形師の眼前へ封筒を浮かせ本題を切り出した。


「おまえ宛に依頼が来てる」


「魔女教会ですか、国ですか」


人形師はパンプキンクッキーを食べる手を止めて、封筒を受け取る。

手紙の封蝋の紋章について世間知らずな人形師はあまり詳しくはないが、国花である薔薇の模様が付いていたため、恐らく上流階級の名家か国家絡みだろうと当たりをつけて、姿勢を正し聞く体勢に入る。


「どちらかと言えば国かね。かといってそこまで畏まった依頼じゃあない」


「というと?」


「あの忌々しい戦場の乙女サマが褒賞に宝石人形を貰ったんだと」


魔女協会と人間国家の諍いの際にこっぴどくやられた魔女は、戦場の乙女について言葉の通り忌々しそうに話し始める。


「ドラゴン調伏やっと終わったんですか。鱗とか市場に素材流れてこないかな、貯金確認しないと」


「ったく、おまえは…………んでその乙女が宝石人形についてなあんにもわからないから、国に一人しかいない宝石人形師に教えを請いたいんだとさ」


「私がやるからって、べつに大して変わりませんよ。初期メンテナンスなんてそこらの人形屋でやるオートマタとほとんど一緒ですから」


「まあそう結論を急ぐな。初期メンテナンスに使うとか言っとけば、戦場の乙女様からドラゴン素材の一つや二つだまくらかせるかもしれないだろう。もし内臓系だったら買い取ってやる」


「アンタが欲しいだけだろ……バレたら殺されるような嘘なんてつきませんからね」


人形師はジト目で魔女を睨みフレイヴァーティーに口をつける。


「で、その戦場の乙女さんはいついらっしゃるんです?」


「あぁ、確か……今日だったかな」


「は?」


人形師の表情が固まる。


「もうすぐドラゴンに乗ってここにくる」


「家が壊れる戦場の乙女諸共帰れ」


叫ぶ人形師を横目に美しい魔女は魔女らしく愉快そうに笑った。

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