少女と父親と宝石人形

十二夜月



約束の日、少女と共に紳士が人形師の元に訪れた。

人形師が問うと、少女の父親だと答えた。


「眼球部分による褪色、色あせを修復しました。宝石人形の内部構造は不明な点が多いため稼働しない原因が他にもあるかもしれません。まずはお嬢様立ち合いのもと起動し確認いたしましょう。よろしいですか」


「構わない。オリヴィエ」


「はいお父様。人形師さんお願いしますわ」


人形師はプラシオライトの宝石人形の核であるプリンセスカットの宝石を宝石人形の右腿の上に置き、覆いかぶせるように手を置くよう少女に指示し唱える。


『マリアよマリア。かしこきマリア。主の御手を取る目覚めの刻だ』


すると、右腿の紋章を中心に全身が眩く輝き始める。

核の起動が問題なく成功し、人形師はひとまず安心する。


しかしながら、宝石人形の瞼が一瞬僅かに揺れはしたが、頑なに開こうとはしない。

メンテナンスは未完成であると少女はガッカリとうなだれるが、宝石人形を知り尽くした人形師は自信をもって少女を励ます。


「瞼が動いたので狸寝入りのはずですよ。よく話しかけてください」


「マリア、起きてよ……わたしマリアがいないと……」




「宝石人形が狸寝入りするのか」


「ええ、まあ。うちの助手ドールも都合が悪いとしますので」


ベットに寝かされた宝石人形へ懸命に話しかける少女の後ろで暢気に会話している少女の父親と人形師。


「最初に持ち込まれたときから、こちらで核を抜き取るまでずっと」


「やはり色抜けを誤魔化すためか」


「お嬢様は瞳の色を気に入ってらしたから、失望されたくなかったのでしょう。愛情を沢山注がれたドールが主人を想ってたまに起こすのですよ。あぁそうだ、眼球部分への褪色対策は何かされていますか」


「していない。年々少しずつ色が薄くなっていたのはわかってはいたのだが、どうすればよいかわからず……娘の乳母代わりだったものだから迂闊にできずそのまま放置しこの有様だ」


「頭部は美しい緑色を保っていましたが、もしかして宝石人形用の無色透明染料を使っていらっしゃいますか?」


「あぁ首都の人形屋で勧められたものを使っているが」


「それを眼球部分にも塗っていただければ問題ありません。恐らくですが、人形屋が殆ど褪色しないペリドットと勘違いして伝え忘れたのでしょう。なにしろプラシオライトはただの宝石ですら珍しいものですから、来夜月のメンテナンスから塗っていただければ修復した色を保てます」


「感謝する。それでは報酬の話だが……その前に我が家の専属人形師に興味はないかい」


「せっかくのお心遣いですが申し訳ございません。私は真の宝石人形師になりたいのです」


「君は宝石人形を新たに創るつもりか」


「はい。宝石人形は神性と魔性の狭間で生み出された神の御業なのです。恐れ多くも神髄に触れようとする私などのような愚か者を御家に迎え入れて神罰が下ってはなりません」


「成程ますます面白い。報酬は一律だと聞いていたが宝石もつけよう。宝石人形が完成した暁には最大限の敬意を払おう」


「十分なご厚志をありがとうございます」


なんとも穏やかなやり取りのさなか、宝石人形を口説き落とし瞼を開けさせた少女の一声が空気を切り裂く。


「……色がちがう」


「色がちがうの。この子の瞳はもっと薄くて儚い色だったの。なんで、いまは鮮やかみどりなの!」


「あ、えっと」


人形師の服を掴み悲しみ縋る少女へ父親が話し始める。


「オリヴィエ、この写真をよおくごらん」


少女の父親は、袂から手帳を取り出し最初のページを開き少女にみせる。

ページの反対側、カバーのフィルムには一枚の写真が挟まっていた。


「これは、わたくしの小さいころの写真?ママもいるわ」


「ママの瞳と、マリアの瞳。それからオリヴィエの瞳を見比べてごらん」


「ママのライムグリーン……マリア同じ。いまのマリアとも」


「オリヴィエ。ママと一緒の色のマリアは嫌かい?」


表現のみで感情表現を行う宝石人形の変わらることのない表情で僅かに下を向いていたプラシオライトの宝石人形を、少女は抱き着いてその瞳を見つめる。


「ううん、マリアだもの。いやなわけないじゃないの」


プラシオライトの宝石人形はおっかなびっくりと少女の腰に手をまわし、そして少女と宝石人形は抱き合った。

しばらくすると、少女は恥ずかしそうに顔だけをこちらに向けながら人形師に話しかける。


「…………人形師さんもごめんなさい」


「宝石人形はドールマスターのものですから。もし元の色に戻したい、色を薄めたい場合は日光に晒せば褪色が進み色が褪せて戻ります。ちょうどよい色合いになったらこちらの無色透明の染料を定期的に瞳へ塗ってください。以前お話ししましたが、人形の管理は主人の責任です。色を戻すも戻さないもプラシオライトの宝石人形の主人であるオリヴィエ様自身です」


そういって、人形師は無色透明な染料が入った丸く平べったい缶を少女の手のひらに置く。

父親の所有する宝石人形のメンテナンスで見たその缶を、少女は黙って受け取り見つめる。


「わかってる、あれからパパ……お父様にメンテナンスのやり方を教わったの」


「ありがとうございます。宝石人形師として感謝いたします」


「……色についてはもう少し考えるわ。また何かあったら相談させてね」


「勿論です。いつでもこちらへご相談にいらっしゃってください」


少女は宝石人形をマジックボックスに収納し、父親と連れ立って人形屋を後にした。

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