ドールメンテナンス。症状:褪色(たいしょく)

ドールメンテナンス。症状:褪色(たいしょく)

さて、メンテナンスを始めよう。


まずは暖炉へ白百合の球根を刻み乾燥させ新月の夜にすり鉢で粉末状にしたものを薪と一緒にくべて火を灯す。

室温をあげることで宝石の修復を行いやすくなり、神性の高い素材を炊き上げ空間に満たすことで神の御業とされる宝石人形に手を加えることをお許しいただく、簡略化した儀式のようなものだ。

近くの丘で放牧している子羊の鳴き声が聞こえれば間違いないのだが、ここの分量はおよそで構わない。


メンテナンス素材の取引先の魔女によると、百合の球根は不死の象徴だとかで宝石人形のメンテナンス性が高く。魔女が嫌う神性を持つものの中では比較的扱い安いらしい。

特に今回のこのプラシオライトの宝石人形は、女の名かつマリアという何ともおあつらえ向きな名前を少女に名付けらているから白百合との相性は抜群だろう。


本質として宝石人形は無機物だが、人形の造形から女として扱われることが多いため実際にメンテナンスをしていて、宝石人形ごとあつらえた他の素材と遜色ないほど宝石人形と白百合との相性は良い。専門性がない場合で素材や媒体に困ったらとりあえず白百合を選べば間違いがないというのが現状の見解だ。

今後も世話になるだろうし、そろそろ追加の発注をしなければ。


ただひとつ困ったことに、白百合の焦げた香りに寄り付くのか、花の妖精が窓の外で怒ったように飛ぶのだけは勘弁願いたい。

ただでさえ神の一端に触れる精密な作業なのに余計な気が散るのは避けたい。

まあ対処は簡単で、明星に採取し濃縮した花の蜜を小さな平皿に数滴垂らし窓辺へ置いてやれば小皿周辺で光の山ができたあと静かになる。要は蜜で酔わせて黙らせる賄賂なのだが……今回は放っておいてもよいだろう。





十分に室温が上がり神気も整ったことを卓上の測量計で確認する。

神魔性の比率がいつもより神性に触れすぎているがこの程度なら経験上問題ないだろうと思い、遮光性の高いカーテンをぴっちりと閉める。

花の妖精を放っておいてよいとしたのはこれが理由だ。花の妖精は総じて闇を避けるため、窓越しでうるさく飛び回っていた妖精たちは雲の子を散らしたように飛び去った。


いくら白百合が便利とはいえ毎回こうだと面倒くさい。

今回は陽光を避けるメンテナンスのため不要だった花の蜜は、メンテナンス素材の一部でもあるのだが花の妖精にやっている蜜の量の方が多いのではないか?

思わずため息をつきながら、ほかに合わせやすい代替素材がないか次の発注で聞いておこうと心にメモをして窓や扉から妖精が入り込んでいないことを確認する。妖精自身が淡く光り鱗粉を落とすため素材集めの際も見つけやすく御しやすい類だが、どうにもいたずら癖があり困る。

特にメンテナンス中や預かった宝石人形にいたずらされては取り返しのつかない事態になりかねない。


助手であるダイヤモンドの宝石人形と妖精がいないことを隅々まで確認した後、室内の光源を月光に変更する。月光は淡い光だがこういう時にダイヤモンドの反射光が役に立つのだ。主に役立つのは鼻ではなく頭部であり、月夜によって引き起こされた七色のファイアを採取できれば宝石人形の万能中和剤となるかもしれないと踏んでいるのだが、未だその機会は訪れていない。


ダイヤモンドの七色のファイアを素材化する野望を胸に、月光と反射光を頼りに暗い地下室の保管庫へ直通する梯子を伝って降りる。

地下室は先ほど以上に薄暗いが、それ以上に暗さを放つ目当ての瓶はすぐに見つかった。

その瓶は漆黒で通常では茶色のコルクまでも黒く染まっている。また、瓶の内部から染み出したかのようにコルクの根元部分ほど漆黒に近づいている。


これは月の影を閉じ込めたもので、満月に採取した影は最上品質とされる。

専用の瓶があれば素人にも採取できるので、昔からひっそりと共存を図ってきた山村部に暮らす魔女たちは村人に小金を持たせて採取の依頼をするらしい。満月と新月それと三日月は魔女の繫盛期だからか、そこまで貴重ではない素材採取までなかなか手が回らないため小遣い稼ぎと素材回収の良い関係を築けているとか。

私も幼いころは裏山の魔女から小金の代わりに宝石人形の素材を交換で貰ったものだ。


しかし、ここまでコルクが黒くなりすぎているとは……瓶の先まで染まってしまえば月影は霧散してしまい保存限界となる。

今回の使用分が余れば処分してまた新たに採取しなくてはならないだろう。


一瞬魔女たちのように街の人間に依頼でも出そうかと思うが、私は魔女たちとは違い融通の利かない技術職である。

いつ食い扶持がなくなるかわかったものではない宝石人形専門の人形師未満という自覚を胸に、月影の採取を心のメモ帳に書き込んでおこう。宝石を主に扱う商売で、修理とはいえ使う素材は高いのだ……


といった具合になるべくなら自分で確保できるものは確保しようとした結果が植物塗れの庭の惨状である。反省はしているが採取以外の管理は面倒、その暇があれば宝石人形の研究を進めたい。

助手であるダイヤモンドの宝石人形もガーデニングに興味はないしそもそも宝石人形の水濡れは基本的に避けるべきだ。

かといって……としばらく放置していたら、置物のガーデンノームがいつのまにか自我を持ち、勝手に庭造りを始めてしまった。

勝手に植え変わっていることもあるが、聞けばジェスチャーで植え替えた場所を応えるし管理指示を出せば最低限は守るので正直助かる。

住み着いた妖精たちとの喧嘩しながらも役に立ってくれてありがとう。これが共存ということか、採取と妖精たちの鱗粉も種類別に採取してくれてたら助かりますがガーデンノームの性質上無理だそうです。

締め出されて気が立った妖精に悪戯にちょっかいをかけられているであろうガーデンノームに祈りを



閑話休題



地下室を出て調合棚からユーカリの茎から搾った露と夜摘みオリーブの葉、月影を吊るし釜に入れ、暖炉の火にかける。

適宜分量と測量系で神魔性をみながら、月影のドロドロがサラサラになるまで混ぜ合わせる。

よく混ざったらオリーブの葉を取り除き、釜を火から降ろし釜が温かいうちに緑色の宝石用中和剤を入れさらに混ぜる。

人肌程度に冷めたあとアメジストセージの花の蜜を入れ、プラシオライトの色になればおそらく完成だが……


液体は紫色。うーん失敗か



何がダメだったのだろうか。

手順は過去と同じで問題ないはずだし、月影もユーカリの蜜も問題ない。


……アメジストセージの花の蜜か?

アメジストの客が同じような症状で依頼したときに、試しに入れて調和がとれたから使ったのだが……



そうか確か、アメジストセージは紫の花をつける。

だから紫の要素が強く出すぎてプラシオライトに適していないのかもしれない。


それならばアメジストセージの葉を摩り下ろしたものを入れてみるのはどうだろうか?



調合棚から取り出して入れるとみるみるうちにプラシオライトの緑色に変わった。予想通りの出来栄えに胸が躍る。

これなら、臨床実験に挑めそうだ。


マホガニー材でできた巨大な宝石箱から臨床用のとても小さな宝石を取り出す。

プラシオライトとアメジストの屑石を、透明な容器に分けておいた液体に浸し様子を見る。


しばらくすると、変化が現れた。

アメジストには変わった様子がないが、プラシオライトはみるみるうちに色が濃くなっていく


臨床実験は成功だ。

念のため最初から手順を繰り返し、アメジストセージの蜜を除外するとプラシオライトは割れてしまったため蜜と葉の両方ともに必要であることが分かった。

三度目の調合を終え、問題がないことを確認し初めてプラシオライトの人形に触れる。


プラシオライトの宝石人形を囲っていたレースの天蓋を取り除き、白手袋をはめて人形の瞼を開ける。

そこには無色透明のガラス玉となってしまった一対の眼球が収まっていた。




これは褪色といって、宝石の日焼けによって色が抜けることで引き起こされるメンテナンス不良だ。

肌色の染料は塗り忘れがないが、頭部や眼球などの褪色を防ぐ目的のみの無色の染料を塗り忘れるドールマスターは多い。


宝石人形の元となる宝石によっては不要なメンテナンス項目であるため、宝石人形を複数体所有するドールマスターですらメンテナンス不良を引き起こしてしまうこともある。

アメジスト、プラシオライトの場合は比較的緩やかに褪色が進行するためそもそも瞳にも無色の染料が必要であることを知らなかったのだろう。


瞼部分の薄い宝石を割らないように球体を取り出し、液体に浸す。

すると、無色透明から透き通った本来のプラシオライトがもつ明るい緑色に変わった。


表面の液のみを過不足なく吸い取る錬金刺繍が施されたシルク布で表面を傷つけないように拭き取り眼球へと戻す。



一度褪色してしまった宝石は二度と本来の色を取り戻すことができないとされていたが、あまりに宝石人形の褪色絡みのメンテナンス不良が多く、なんとか修理できないかと裏山の魔女に助言を貰いながら研究を重ね色を蘇らせる方法を発見した。

おかげで魔女が作る魔法薬のような解決方法となってしまったが、そのあたりはどうでもいい。


私は完全な宝石人形師になるのだから

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