【3節連載中】宝石人形師のちょっと不思議な日常譚
牡丹
一章
プラシオライトとギムナジウム少女
プラシオライトとギムナジウム少女
プラシオライトとギムナジウム少女
十番街 石端通り
ここは世界に打ち捨てられた屑石どもの街
人通りが少なく入り組んだ通りを抜け、どん詰まりに辿り着く
蔦や植物によって隠され、ひっそりと佇む煙突付きの一軒家が見えてくる
さっぱりとした装飾扉を開けるとドアベルのカラリとした音が響く、そこには希少な人形の修復を行う人形師がひっそりと店を構えていた
さて、今日のお客様は…………
「人形師さん、メンテナンスお願いしますわ」
ストロベリーブロンドの髪をティーンらしくツインテールにした少女は応接用のソファに座るや否やターコイズのように青緑の瞳を瞬かせながら、積み木のように金貨を積み上げる。
人形師は際限のなく積み上がっていく金貨に僅かばかり睫毛を揺らすが、上流階級の令息令嬢しか入学を許されないギムナジウムの制服を視界に留めひとり納得する。
人形師は客人の手を止めさせるため、口を開く。
「お代は後払いで結構です」
「これは前金のつもりなのだけど」
少女は困ったように小首を傾げる。
「まずは人形を」
人形師は少女を一瞥し、人形をみせるように促す。
「この子よ」
少女は小さなスクールバッグから人形を取り出す。
サイズの小さなバックから出てくるには。余りに物理法則を無視した少女の背丈ほどあるサイズの大きな人形が出現した。
魔女との共存により上流階級を中心に普及している魔法鞄だが、世俗に疎い人形師は年端のいかぬ少女が魔法鞄を持っていることに少々面食らっているようだ。
人形師の助手ドールによる来客用の給仕が終わるまで、謎の空気が工房を包む。
唯一救われた点は、少女は人形師の人となりを知らず偏屈な職人として許容されていたことである。
マスカットのような爽やかで優雅なあ香りの紅茶に気を取り直し、人形師は人形の頬を白手袋越しに触る。
すると、つるりとした質感と通常の人形では考えられない質量を感じた。
「なるほど」
クラシカルなメイド服を着せられ肌色の染料を付けられた人形を抱え上げ、人形師はゆっくりと割れないようにベットに寝かせる。
人形を包み込むシーツには細かな模様が刺繡されており、人形を彩る装飾用のように思える。しかし、実際は人形の修理補助を行うものであり、錬金刺繍師である父から譲り受けた実用性に優れる逸品である。
「宝石人形専門の変わった人形師さんがいるってパパから聞いたの。それって貴方でしょう」
宝石人形とは、稀代の人形師が生涯をかけて創り上げたドールシリーズである。
全身が宝石で出来ており、表面に特殊な染料を塗ることで人形の形を保っている。
子どもの玩具というよりは美術品として扱われアンティークドールの位置付けで取引されている。
「他の人形師や鍛冶職人にも直し方がわからない、無理だって言われたの。ねえ、お願いこの子を直して」
宝石以外の特色として、自立駆動が挙げられる。
昨今珍しくもなくなった自立駆動が可能な人型ロボットと似てはいるが、決定的に違う点として自立稼働のための内部プログラムが存在しない。
ただ核とされる宝石を引き抜くと稼働を止める、人形の存在自体がオーパーツとされている。
しかし、この人形の核は引き抜かれていないにもかかわらず、一切の行動をみせていない。
「動いてはいないが確かに宝石人形だ」
人形師は宝石人形における核であり自立駆動の源とされる宝石を収めている。
その場所には通常では見ることができない隠された紋様が刻まれており、専用のライトを当て凹凸を確かめながら探り当てる。
「この人形の名前は」
「マリアよ」
「手を」
人形師は右腿の部分に手の甲を翳すよう導き唱える。
『マリアよマリア。かわいいマリア。主の御手の中しばしお眠り』
人形師がそう唱えると、全身の塗装がみるみる剥がれ落ち剝き出しの宝石人形が現れた。
少女は驚いて思わず手を引っ込めようとするが、人形師の「決して手を離すな」と言われ踏みとどまる。
次第に眩く光るプリンセスカットの宝石が浮かび上がり、少女の手のひらにふわりと落ちた。
人形師は少女から核となる宝石を受け取り状態を軽く確認したあと、素早く丁寧に保管用クッションに納め、紫外線を避けるケースに入れられ暗所に安置する。
「びっくりした。本当に全身緑色の宝石なのね」
「核を解除したことがないので?」
「メンテナンスは、いつもパパがやるって」
「人形の管理は主人の責任だ。ドールマスターなら覚えておけ」
「…………ごめんなさい」
人形師が厳しい口調で注意したためにシュンとしてしまった年若い少女に少しばかりバツが悪くなり、宝石人形の宝石について確認を取る。
「この子は緑色だけどアメジストの宝石人形なの。グリーンアメジスト」
「……プラシオライトですか。希少な石だ」
「この子はわたくしが生まれたときにパパとママが買ってくれたんだって。わたくしと同じ淡い緑の瞳をもつ美しいドールでずっと一緒なの。時々口ずさむように歌う讃美歌は天使の福音のように清らかでね……大好きな自慢のドールなの」
人形師は少女の話を静かに聞く。
今は何もかも剝き出しの状態だが、宝石を護る役割でもある肌色の染料だけでなく頭部用の無色の染料も隙間なく塗られており、ピンと糊の効いたお仕着せを着せられていたことから手入れの行き届いた美しいドールであることがわかる。
「でも次第に美しい瞳を見せなくなってしまって」
少女は瞳を確認しようと、まぶたに手を置き持ち上げようとするが、ピクりとも動かない。
「だから、人形師さんに原因を調べて直してほしいの」
「心当たりは」
「ない、ないわ。いつもどこに行くにも一緒だったもの、何かあればわかるわ」
「いつも連れ歩いていたので?学園でも?外でも?」
「う、うん。そうよ、宝石人形は珍しいから特注のオートマタってことにして隠してはいたけれど」
「……なるほど大体わかりました」
「ほんとうに!?」
「修理にお時間を頂きますので、そうですね……次の十二夜月にお越しください」
人形師は助手に少女の見送りを任せている間、預かったプラシオライトの元へ
少女の力では叶わなかった人形の瞼を開きわずかに口角をあげた。
さて、メンテナンスを始めよう
人形師は先程の様子とはがらりと変わりワクワクと瞳を輝かせながらメンテナンスの準備を開始しようとする。しかし、少女の見送りが終わった人形師の助手であるダイヤモンドの宝石人形が物言いたげな視線とともに調合棚までの道をふさいでいた。
「……生憎と会話は得意じゃない」
「あの少女とこの人形のように、私の人生は君と共にあったのだから口がうまく回らないのは知っているだろう」
なおも動く様子のないダイヤモンドの宝石人形に人形師は折れるように言葉を重ねる。
「……わかった。次の十二夜は善処する」
ダイヤモンドの宝石人形は七色の煌めきを瞳に称えて、静かに肯定するように一小節歌った。
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