(二)和葉の葬儀
葬儀場は、和葉の実家から車で十分ほどの山の近くにあった。火葬場と葬儀場が併設されているので、特に移動することもなく、和葉の火葬を終えると葬儀が始まった。
会場はシン..と静まりかえっていて、僧侶のお経を上げる低くてよく響く声と、木魚の規則正しい音だけが聞こえた。
智子は周りから啜り泣く声を耳にしたが、まるで何か映像を観させられているように、冷静だった。何だろう、和葉とは幼い時からの知り合いで、互いの良い部分や悪い部分を全て知っているような、まるで姉妹のような関係だったのに、悲しいという感情が湧いてこない。
智子はいつしか、智子と智子の家族、そして和葉たち鈴代家との間に、薄い膜のようなものが張られてているような気がして、どことなく距離を感じるようになった。
膜の内側にいる智子には、外側にいる家族や和葉たちが、昔は内側にいたのに、段々と外に出て行ってしまったように感じてならなかった…。
智子がこんなふうに感じ始めたのは、あの四年前の入院した日からであった。あの入院から、智子のすべてが変わった。
やがて葬儀を終えた智子達は、近くの料亭の宴会場へと出向いた。二階の広い畳の間に親族が集い、膳を振る舞われていた。
智子はしばらくの間、智子の父親の
和葉と智子が、まるで姉妹のように仲が良かった事。当時大学生だった柚子希の車で、熱海のビーチまで泳ぎに行った事。和葉は漫画が大好きで、母親の反対を押し切ってまで、名古屋にある漫画の専門学校に通いたかった事。
いつか、智子をモチーフにした漫画を描くと言って、智子を赤面させた事。
和葉の母親、優子は涙ながらに和葉のことを話した。
なるべく和葉の楽しい思い出を語ろうとするのは、
和葉の死因を、誰もが思い出したく無いと、思っているからだろうか?
和葉は、青酸カリを飲み込んで死んだ。
冬の寒空の下、公園の川沿いにあるベンチに座り込み、目を見開いて空を仰いでいた。喉をかきむしった跡があった。警察は自殺と判断した。足元に空の青酸カリの小瓶が転がっていたからだ。
和葉の父親の
和葉が亡くなる一ヶ月か二ヶ月前。
その頃智子は横浜の大学に通っていて、和葉は名古屋の専門学校に通っていたので、和葉と会うことが無かったが、和葉が沈みがちであったことを聞いた。
最初のうちは、ここのところ漫画が昔のように上手く描けない、という程度だった。別に画力が落ちた訳では無い。むしろ、前よりも上がったが、漫画に掛けていた情熱が何故かぴたりと冷めてしまい、昔のような漫画が描けなくなったと言うのだ。
そんな経験は、漫画家志望ならよくあることだと周囲は諭していたが、それまで元気と明るさが取り柄であった和葉はすっかり沈み込んでしまった。
自殺する前日は、多少元気を取り戻していたかに思えたが、それは間違いだったのか。
智子は結局詳しい話は聞けず仕舞いだった。
「そういえば、智子。アンタも変わったわねぇ。」
和葉のことばかり考えていた智子は、叔母の優子がそんな事を言うので、どきりと心臓が鳴った。
「へ…?」
「お母さん、そんな事突然言わないでよ..。智子、びっくりしてるじゃん。」
柚子希が、母親の腕を叩いたので、優子は思わず頭に手を当てた。
「あぁ、違うんだよ、悪い意味じゃないのよ、ごめんけねぇ。ただ、何というか..、昔は陸上の選手で体育会系の女の子だったのに、今は大学で経営学を学んでるんでしょ。 大人になったなぁ、と思って。」
「そうなんだよ、何でも本屋さんを開きたいってね。コイツ、本なんて一冊も読まなかったのになぁ。」
亮は娘を揶揄うように、肘でつついた。
「高校の時に、ちょっと本に目覚めまして..。」
智子は無理矢理笑顔を作って笑った。だが本当は、自分の正体がバレてしまうような、自分の変化に疑いをかけられてしまうのでは無いかと、気が気で無かった。
そのことで、叔父夫婦に責められてしまうのでは無いか、和葉を見捨てたと思われているのでは無いか..と、智子は考えてしまった。
「僕はてっきり、高校も大学も陸上部関係で入ると思ってたんだよ。」
叔父は昔を懐かしむように言った。
「和葉も驚いていたよ。まさか、智子が陸上部の推薦を断って、高校の部活は文芸部に入学したんだろ。まさかと思ったよ。」
「あんな地味な部活は無いって言い切っていた智子がなぁ。」
父がそういうと、和葉の両親は大笑いしていたが、智子は笑えなかった。
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