どうしてもっと早く出会えなかったのか? 僕はタイミングが良いようで遅かった今日という日を恨んだ。

 今どうしても会いたくて仕方がなかった人、あのお兄さんが当たり前のように見慣れた町の中を平然と歩いていたのだ。何かを探しているのか目線をキョロキョロさせている。

 お兄さんが足を止める。僕と対面して一切の音が遮断され静寂となる。

「いやぁ、僕のことは覚えている?」

「はい」

 つい先週にでも会ったかのような軽い挨拶であった。実際はあれから約十年の月日が経っているのに。自分のことを忘れているはずがないとでも思っているかのようだ。

 お兄さんの印象はまるで変わっていなかった。この人、歳をとっているのかな? といぶかしげな目で見つつ僕は、「あの、あの時はありがとうございました」

 第一声がこれだった。直ぐにでも聞きたいことがあってもそれを後回しにしてしまうのはなぜだろうか。

「いや、本当は助けられたのは僕の方さ。お礼を言いたいのはこっち」

「えっ、それってどういうことですか?」

 助けたわけではない、むしろこっちが助けたれた方。思いもしない発言にたじろいだ。


 のどかな公園にあるベンチに座った。この風景を見てあの事件がここから目と鼻の先で起きたとは今でもしっくりこない。

「こうしてまた巡り会ったってことは、思ったよりも君達二人はハマり込んでしまっていたみたいだね」

 君達二人……チクッと胸が痛んだ。あとに続いた思ったよりはまり込んだ、このニュアンスからお兄さんは裏側を知っているに違いない。

「さっきの、僕達に助けられたってどういう意味ですか?」

「あれね。えらそうに君は助かるとか言っておいて申し訳なかったけど、あのおばあさんに最初、狙われていたのは僕の方なの。そこに君達二人がひょこり現れたことにより標的を変えた。簡単に言えばこんなところかな」

「そうだったんですね。理由は僕達の方が弱そうだからとかですか?」

「ううん、違う。あのおばあさんはどうやら子供が好きみたいだね。その強い気持ちから小さな子供をターゲットにしている。じゃあなんで僕が狙われたかと言えばまた別の理由で、僕があのおばあさんの正体を見抜いていたから。それで異質な存在だと認識したのか、敵意を剥き出しにしてきた。こっちから言わせてもらえば向こうが異質な存在なんだけど」

 ハハッと笑うお兄さん。こんな調子だから新たな事実が判明してもさほどの驚きはこなかった。語り手のテンションって大事なんだな。

「その、お兄さんはそのおばあさんの正体を見抜いていた。つまり何か特別な能力があるってことですよね?」

「……うん。君が今くらい成長してもまだあの事に対して興味があるなら話してもいいかな。そう、僕が他の人には持っていない不思議な力がある。なんて言ったら良いんだろう。霊感があるんです、見えないものが見えるんです! って説明できれば理解させるのは簡単なんだけど」

「違うんですか?」

「もしも関係ない人に話すんならそれでもいいんだけど、君はもう全く関係ありませんとは言えなくなっているから、できれば正確に教えたいんだ」

「そういえば僕の名前は岩永泰明いわながやすあきって言います。皆んなからはヤスって呼ばれているのでヤスって呼んでいただければ」

「ヤス君か。僕の名前は、知りたい? 知ったらもう引き返せない所へ来てしまうけど」

 軽快な調子はそのままに脅し文句のように覚悟を問うてきた。僕はどこへ連れて行かれるというのか。

「大丈夫です。既に僕はもうここまで来たら引き返せない所まで来ているので」

「そうか。やっぱりもう一人の子は無事じゃないんだね。僕が再びこの町にやって来たのはそれを感知したからというのもある。ヤス君からしたら丁度良いようで遅かったタイミングで再会できたのはそれも関係している」

 お兄さんは僕の心を読んでいた。そうなんだよ、なんでもっと早く会えなかったとはずっと思っている。翔くんはあの時と同じようにまた姿を消してしまった。結局あのおばあさんからは逃れることができなかった、そう示しつけられたように。

「もう一人の翔くんは残念ながらついこないだ、姿を消しました。十年前には見つかったあの空き家にも居ませんでした。どこへ消えたのかお兄さんは見当がつきますか?」

「どこへ消えたのかは僕にも分からない。けど、なぜ消えたのかと聞かれたら大体の説明はできると思う。翔君は敵に負けたんだ」

「敵に負けた?」

「ちなみにさっきのは嘘で、別に僕の名前を知ったからといって何か影響があるわけではない。むしろこれからしようとする話を聞くことによって、この僕達の住む世界の別の側面を知ることになるからこっちの方が重大。どうする、聞きたい? それとも僕の名前だけ聞いて別れるか、どっちがいい?」

 うん、これはちょっと面倒くさそうな人なのかもしれないな。僕は迷わずお兄さんの名前を知ることを諦めた。

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