冷静になろうと翔くんを宥めようとしていた僕の方が立ち上がって叫んでしまった。

「なんだよ、眼鏡をかけたお兄さんに助けられたって!?」

 立場が逆転してしまったかのように翔くんが一旦、落ち着けと背中をさすり促す。僕は瞬く間に呼吸が荒くなっていたが胸を押さえて座りながら深呼吸する。

「助けられた……それが俺とヤスの差なんだな? なぜ俺はおばあさんと一緒に付いて行って、ヤスは踏み留まったのか、それは助けてくれた人がいた。俺も気になっていずれ聞こうと思っていたんだ」

 さすがと言うべきなのか、このたった一言の情報で翔くんは最終的に出せるであろう結論の大筋を理解していた。

「あの人、何者だったんだろう」

 眼鏡をかけたお兄さんが『君は行くな』『君は助かる』と言葉をかけてきた。明らかに状況を把握していた。そんな馬鹿な。信じないスタンスを貫こうと誓った矢先に、このお兄さんの登場により僕は支えていたものが崩れようとしていた。

「顔は覚えているか?」

 鋭い。それが最も大事なことだった。どこまで頭が冴えているんだ翔くんは。

「うん。おばあさんの顔を思い出そうとする時と比べたら、スムーズに浮かんでくる」

 これが意味することは。

「そのお兄さんは存在するぞ! いや、俺達と同じ世界の住人であるって言った方が正しいか?」

 つまりは人間だ。この地球上に溢れている生き物。翔くんはリビングを忙しなく動き回る。これからのことを思案しているようであった。

「あのお兄さんはきっと僕達より何かを詳しく知っている。同じものが見えていて、臆することなく対処していた」

 そのスピードになんとかついていこうと僕は早口で当時のお兄さんの様子を伝える。

「そのお兄さんとは何を話したんだ? なんで別れた?」

「まともに会話はしていない。ほんと一言、言葉を発しただけで……ただ安全な場所へ連れて行ってくれただけのような。次にはっきりと記憶があるのは家の前で、そこにはもうお兄さんは居なかった」

 質問されたら答えられる。いつの間にか空白の部分は埋められていた。

「あぁ〜なんだよ、それ。この近くに現れたってことはそう遠くない場所に住んでいるのかな? どうやらそのお兄さんがキーマンみたいだ。こっちの方がよっぽど現実的だな。ただある人物を探すってだけなんだから。協力してくれるよな?」

 そうだね。手がかりはあまりにも少ないとはいえ日本のどこかにいるであろう人物を探す、こっちの方がよっぽど健全だ。ここでNOと答えるのなら耳を疑うくらい僕ものめり込んでしまっていたが、果たしてこれで良かったのであろうか?

「とりあえずやれるだけのことはやってみよう。僕も幽霊の世界は置いておいて。あのお兄さんのことをこうして思い出してしまった以上はどうも気になってしょうがないし」

「よし」

 達成感に満ちた笑顔で返してくれた。なんだろう、このやる気。活力に溢れた表情は。そんなに僕を説得できて嬉しいのか。

 翔くんは人生においてこんな顔になれるような熱くなれるものを求めていたのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る