侵食
バタフライエフェクト(1)
あと一時間ほどで日付が変わろうとしていた。
「あぁ〜なんか久しぶりに楽しく飲めたかも。皆んなに会えて嬉しかったしな〜」
大学で仲が良かった友人を集めて今日は同窓会みたいなものが行われた。今はその帰りだ。
学生の身分であれば朝まで、というのも珍しくなかった気がするんだけど、今はみな責任ある立場となっている。何かに追われているかのように一人がもう帰るわ、と言うとそれに呼応するかのようにもう一人、また一人と立ち上がり結局は二次会はなく解散となった。
だが横にいる
「ほんの一瞬だけ大学生に戻れた気はするよね。でも明日にはまた現実が待っていると思うと気が滅入るね」
「マジでそれ。きっとそれだから直ぐに帰っちゃう人が何人もいたんでしょ。あぁ〜つれーな〜」
「とは言っても斉藤は明日、休みなんでしょ?」
「そうだけど。だからって俺だって気持ちは分かるよ。もしも俺が明日も仕事なら最後の電車で帰っていたと思うし」
「あっそこまでは残るんだ」
「あったりめーだよ。正直、今の職場の人と飲んでもあんま楽しくねーし」
「仕事の人となると歳の差も激しいしね〜色々、気を遣うよね」
「いや、歳の差というか、話が合わないんだって。同じ趣味とかあればまた違ってくるんだろうけど」
「それが合わないのもやっぱり年齢によって全然、見てきたもの、聞いてきたものが違うからだと思うけど」
こんな風に電車内で雑談をするのもどこか懐かしい。けど今はそこに学生時代には無かった重苦しい空気が漂っているような気がする。これが大人になり、社会に出たということなのだろう。
「次はいつ集まれるかな?」
「もう次の話? でも、みんなが就職して初めて集まったけど予定合わせるの大変じゃなかった? 学生なら同じ学校に通っているし簡単だったけど今回は最初に話が上がって最終的に日にち決まるまで一ヶ月はかかったでしょ? 各々の職場によって事情なんて全く異なるし次もきっと大変な気がする」
「まぁね。カレンダー通りの休みの人もいれば俺みたいに平日が休みの人もいるし」
大学を卒業したら就職する。そうなることはもう誰もが分かりきっていた。けどいざこうして社会人の一員になって痛感したのは自由な時間が大幅に減ったということ。それもなんとなく想像してたと思うけど実際にその立場になってみるまでその息苦しさなどまるで理解していなかったというのが本音だろう。
そんな不満がそれぞれ程度の差はあれどあるのは今日の集まりで察した。あともう一年も経てばそんな不満も消えて、いや押し殺して見事に会社の従順な部下になっていくのかな〜。
「あのさ、よく日本人って我慢するよね。欧米だったらとっくにこんな会社は辞めてやるってなってもおかしくないってよく言うじゃん」
いきなり何を言うんだ斉藤は。俺はなんと言って良いのか分からなかった。ぶっちゃけて言うと俺の職場はそこまで酷い環境ではないんだけど、それを言うとまたグチグチ妬みを言われそうだから賛同でも否定でもない言葉を探した。
「日本人はおとなしい人種だからね。でもこのままだといずれ限界が来るかもね〜。優秀な人材は皆、海外に行っちゃうって聞くし」
「日本に残るのは英語は話せない、仕事もできない人だけになるのか。それって地獄じゃね?」
典型的なただ漠然と日本の将来を悲観する若者がここにいた。今の日本にだって海外に負けていない良い所は間違いなくある、そう言ったところであまり考えは変わらなさそうだった。
ただ未だに過労に起因する死者がどこかで出てくるような労働環境を変えない限り日本に明るい未来はない、俺も本気でそう思った時があるのは事実。高校生の時にやっていたバイト先はひどいものだった。おかげで歳が近い人と帰る時は社員の不満を吐き出す時間となっていた。
『銃があったら絶対に撃っている』
そんな過激なことを真剣な眼差しで言い放った人もいた。ここがアメリカではなくて良かったよ。
「もう既に地獄のようなもんだけどな。給料は上がっていないのに物価が上がっている、こういうのってあれでしょ、スダ、グ、フレーションって言うんでしょ? 経済学的には最悪の状況ってやつ」
単純に言いにくい言葉だけど、難しい専門用語をたどたどしいくも言ってのけたことに感心してしまった。このご時世なら軽くネットで調べればどこかのタイミングで
「にもかかわらず国は特に有効な対策はしない。一時的にでも減税した方が良いって言っているのに、それどころか増税したいですって言っている。日本を滅ぼしたいのかね? もう少子化に歯止めがきかないみたいだから近い将来、現実的に有り得る話なのがまた恐ろしいよ。銃が簡単に手に入るなら雲の上でぬくぬくしている政治家、一人くらい殺されてもおかしくないんじゃない?」
この言葉に俺の胸はざわついた。誰もが鬱憤を溜めているようだ。
その捌け口は……なさそうだ。しかも日本人はおとなしい、我慢強い人種。爆発寸前まで溜まってしまった憎悪がいよいよ噴き出したら、暴れ馬のようにのたうちまわる。
そんな人にもしも『力』が備わっていたら?
「じゃあ俺はここで。またな」
別れる直前は互いに無言が続いた。斉藤が一足早く電車から降りる。そのまま歩く度に徐々に地下へ沈んでいってしまいそうな背中を見て、俺はなんだか今日のような集まりがまた行われるのはもうないんじゃないかとこの時、思ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます