幕間エピソードII「緊急集会」

 ある日曜日のお昼過ぎ。駅から徒歩五分ほどにある地区センターの会議室を借りて俺達は集合していた。

「あのニュースの遺体は祈りも虚しく小野さんだったよ」

 空気が固体になり、それが俺達の肩に重くのしかかっているようだ。この場の重たさは換気したところで浄化されることはないだろう。

 この区民センターには図書室や体育館、将棋や囲碁などボードゲームができる遊戯室も備え付けられていて休日になるとそれらを利用する子供やお年寄りで賑わうのだが、この小さな会議室だけはそんな穏やかな休日とは切り離されている。

「小野さんがなぜ殺されたのか、それを安原さんはご存知なのですね?」

 古谷さんは訊ねる。

「うん。警察も認定するような物的証拠があるわけじゃないけど、小野さんとは一ヶ月くらい前にあるやり取りをしていたんだ。それで送られてきたのが……」

 あの日、小野さんから送られてきた写真に一人の超能力者と思われる人物が写っていた。

 しかしそいつは一般人が、いや俺達でも連想するような超能力者とは一線を画していた。

 あれはそもそも人間ではない。怪物、モンスターと形容する方が正しいだろう。

 雨が降りしきっている中、ぼさぼさの長髪、緑色の合羽のような衣を纏い、左まぶたの上や右頬には腫れ物が。そいつが金属バットを手にへこんだ高級車の上にいて、首を回してスマホカメラに視線を合わせていた。

「これ」

 俺はその写真を敢えて持参してきたノートパソコンからフルスクリーンで二人に公開する。

「……」

「うっ……なんか気持ち悪くなってきました」

 宇佐美さんは無言だったが、古谷さんはたまらず吐き気を催したようだ。

「不気味な写真ではあるけど、そんな人間の内蔵が写っているわけじゃないしグロテスクなものでもないと思う。でも俺も古谷さんみたいに胃の中のものが逆流してきそうな症状に襲われた。なんでだと思う?」

「この写っている人が超能力者だから?」

 宇佐美さんが答えた。

「そう。単に人として、動物として身の危険を感じたから怖がったり逃げようとするのではなく、同じ超能力者同士として、その特有の反応をしているからだよ。俺の観測能力が写真越しからでも働いたということはこいつは相当やばい力を持っている。生で見た小野さんはその比ではなかったと思う。なんせそのエネルギーをもろに浴びたんだから」

「小野さんと同じ能力を持つ私がそこに居たら気を失いそうです……この人は、どんな能力の持ち主なんですか?」

「それについてなんだけど……古谷さんが辛そうだから閉じようか」

 俺はノートパソコンをパタンと折りたたんだ。

「なんだろう……要はってことでいいのかな? 元からこんな外見だったら目立ち過ぎている。こう言っては失礼だけどあそこには化け物が住んでいるって周辺地域の噂になるくらいに。能力を発揮した瞬間だけおぞましい姿になって標的を襲うんじゃなかろうかと。小野さん曰く、それに応じて身体能力も向上しているみたい。顔に関しては能力がまだ未熟ゆえの未完成だろうとも。どうせ変身するならこんな顔を造るとは思えないしね」

「変身ですか」

「私だけなんだか除け者みたいだね。まだどんな能力を秘めているのか判然としていないし、二人みたいにどれくらい恐ろしい人なのか実感も伴わないし……」

 苦笑いする宇佐美さん。

「なんなんだろうね。俺の観測能力は確かに反応はしたんだけど」

 本人もこれといった思い当たる節が全然ないけど、俺からはあなたには何かしらの能力を備えているはずですと言うことができる。これはどういうことなんだろうか。

「ともかく、喫緊の問題は……現れてしまったということ。超能力を使って他人を傷つけるどころか、殺人にまで手を染めてしまった人が」

「しかも、その殺すと鋼の意思を持って、計画的に遂行している……と分かります。そうこの人のエネルギーは黒い正義で波立っている」

 古谷さんはかなり気が滅入りながらもそう言葉を発した。

 黒い正義か。

「小野さんもかつてはまだ自分の能力について手探り状態だった頃は似たようなことを誤ってしてしまっていた。学生時代に小野さんをいじめていた奴とか何人かは被害に遭っている。もちろんもうそんなことは長らくしていない。けどこいつは自分の力を掌握した上で実行している。小野さんもこいつを眼前に、そうざわついたみたい。これまでは守られてきた暗黙のルールを越えられてしまうんじゃないかと。だから小野さんは俺にも頼んで、もう止めろと説得するために探し出そうとした。俺は有力な手がかりは掴めなかったけど、どうやら小野さんは自力で辿り着いた。そして、最後はこいつの怒りを買い殺害されてしまった……俺はこの事件の内幕はこうなんじゃないかと思っている」

「そんなのひどいよ。初対面の人までいきなり殺すなんて。しかも小野さんは味方になろうとしたはずなのに。なんでそいつはそこまで凶暴になったんだろう」

 宇佐美さんの目にはうっすら涙が。

「小野さんの過去のようにもしもいじめられていたとして、その子は反撃せずにじっと我慢していたとしても心の内は激しくいかっているはず。その怒りを武器に変換して、そいつにお見舞いできるなら多くの弱者はその力を迷いなく活用すると思う。小野さんが言うにはこいつも同じように、弱い者いじめをするやからを成敗するために変身してうろつき回っているんじゃないかって。それでも小野さんを殺してしまったということは……もうそんな見境もなく制御が利かなくなってしまったのかも。暴走機関車のように」

「気に入らないと思ったら容赦無く殺すってことですか」

「これからは殺人事件のニュースがある度にもしかしたら……って思わないといけないってこと? 嫌だなー」

「きっと根はらしいんだけどね」

 ……こうして超能力者の中に危険因子が生まれてしまったわけだが以後、あいつの仕業と思われるような殺人などの事件は俺達がチェックした範囲では起きなかった。

 こうして意識的に殺人事件の内容をみると殆どはご近所、友人、仕事、家族間のトラブルが原因で起きており犯人はそのうち逮捕されている。

 通り魔、テロ的な事件も現行犯逮捕はできなくても今や街中であれば防犯カメラが多数、設置されているしドライブレコーダーも普及している。

 優秀な日本の警察はそれを駆使して一週間以内に解決させているので、たとえその犯人にあいつが紛れていても身柄は確保されている。

 まだあいつは捕まっていないと仮定して、これはもしかしたら小野さんが捨て身の特攻をしてくれたおかげで、犯人も命に別状はなかったものの行動するのに支障が出るくらいの大きな怪我を負ったから大人しくなったのではないとか思い始めた。

 かれこれ年末まで俺達が引っかかるような異変はなくひとまずは安心はしたものの、またいつかあのような化け物が現れるかもしれないとはずっと心に留めておかなければならないきっかけになる小野さんの尊い犠牲であった。

 もうそんな悪魔は出てこないでくれ、と願っても……遅かれ早かれまた出てきてしまうのは時間の問題だろうと俺は口に出さなくても思っていた。

 今の世の中を見ればそうだろう?

 こんなにも恨みつらみで人の心は汚れているじゃないか。

 時代は変わり、世界も気がつけば激変していくのか。思わぬ方向に——

 俺は朝を、夜を迎える度にそう思う。あとどれくらいこの均衡が維持されるのだろうかと。

 それに対して俺にできることは相変わらず何もない。

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