侵食されゆく未来(6)

 玄関の鍵をかけて家を出る。

 久しぶりに晴れ渡る。青空に太陽がまぶしい。春の匂いがそこら中に。日本の四季は乱れていると言われて久しいが今日は春らしい日だ。

 大学卒業に続き、新しい門出をこんな中途半端な歳でまた経験することになるなんてな。

 俺は今、就いている仕事を退職した。

 辞める理由は友達が立ち上げた新しい事業に参加するためだと会社にも両親にも同じことを説明した。

 両親は上手くいくのか分からない事業に関わるなと親らしい反対の意見を述べたが資本金は十億円だと言ったらキョトンとした。

 どうやら工藤君は高校から大学生まであの宝くじで当てたお金で株にも投資してたらしく、そこでも大儲けをして資産は俺が想定してた額より遥かに多かったのだ。

 幸運だけで生きている男なのか、これが彼の能力なのか……。

 だがそのお金はこの時のために使う資金だったんだと運命を感じたらしい。

 工藤君では有効に使うことはできないが、橘と俺がやって来たことにより一気に頼もしいお金に様変わり。あながち間違ってはいない。

 会社の反応は俺がそんな退職してまでスタートアップ企業に携わるなんて一種の賭けのような行動に出るとは微塵も思っていなかったらしく、ここも同じくキョトンとした反応。

 個人的にも俺の学歴でこの会社に就職できたのは運が良かった。その地位を手放す日がくるとはな。

 内心、面倒なことを気軽に押し付けられる社員がいなくなると地味に困っていることだろう。

 次は誰にするべきか、適当な人はいるのかな。この会社は伝統的にそのようなポジションを毎年、採用しているような気がする。来年はもう一人、その採用枠を増やしたりして。

 自転車用のヘルメットを被りサドルに跨る。新調するのもありだったが俺はあの嵐の中を共に駆け抜けたこの自転車を乗り続けることにした。まだ朽ちてはいない。これからまた苦難がきてもあの日を思い出し乗り切るだろう。

 よし、行くか。

 この天空の塔の主は俺になった。

 自宅だと身が引き締まらないだろうし外部に漏らしたくない情報もあるだろうから、仕事場として大いに活用してくれとのこと。

 適任者に潔く譲る、あの三人には自己中心的な欲はないのか。これが世界中で当たり前のように起きてたらもっとマシな社会になっていたと思うんだけど。

 バルコニーに出て街を見下ろす。景色は変わっていないのにこの地球は岐路に立っている。それを知っているのは極わずかな人だけ。


 どうすれば勝てるのか?

 この勝負は単純な肉弾戦でもなければ、情報戦ともやや異なる。俺達はいつも通りに生活をしていれば敵も静観するだろうが、それではいけない。

 かといってここまでのように思うがまま能力を使用してしまうと、そのうち臨戦態勢になってしまう。

 既にどデカい花火を何発か打ち上げているので、動揺してより警戒されているかもしれない。

 どんな作戦で来るのかは想像でしか描くことができないのだが、あっちはなるべく穏便にしたいはず。

 こっちのやり方に合わせたらおのずと未来がどんどん歪んでいくことになり墓穴を掘ることになるから……なんだけど、どうやら最後は闘争心に火がついたのか、こっちのやり方をもはや見過ごせず限界が来たのか全面戦争になって双方、滅びゆく末路に……。

 それが

 あれはどちらの未来線も消滅したことを意味するのではないだろうか。

 あそこまでいかなくても、そんな過去が変わってしまう事態を避けるために未来人も過去を監視しているということは、ちょくちょく予期せぬ事が各地で起きていると何かをきっかけに把握して感知、偵察するシステムも構築されているのか。

 その原因が超能力だとは夢にも思っていないはずだ。

 あっちの未来では超能力はアンダーグランドにすら生息していない人種になっている。せいぜいネット掲示板の都市伝説、噂で終わっている。この条件を生かさない手はない。

 一。全国に散らばる超能力者をかき集めよう。悪戯に能力を使ってしまわないようにするんだ。

 二。未来人が望む未来が崩壊する、しないの境界線とは何なのか?

 それも探し当てることも重要だ。

 こっちが勝ち取ろうとしている未来にはは完成しないだろう。

 その代わりとして俺みたいな能力があるならそれは実に面白いな。全ての科学技術は超能力で代替可能なのか。

 すなわち、タイムマシンを完成させた人が殺されるか諦める、開発したくなくなるような環境にさせることがこちらが設定するゴールではなかろうか。

 これが達成されたら未来人が過去を監視する事自体、矛盾が生じて不可能になるわけだ。

 これは二世代、三世代と幾多の研究成果の継承で完成するものだからその人物の特定は困難を極める。

 俺が生きている間にできるのか……。同様にこちらも継承することが必須になってくる

 三。決戦の日はいつだ? 超能力者には能力乱用の自粛を求めるがいつまでも大人しくしていたら負け。その条件下で勝たなければならない。

 だったらやることは一つ。

 暗殺者のように速やかにスパッと急所を切ることだ。タイムマシン完成の礎を築く研究者のみを消し去る。

 なんて地味な戦争だ。倒すべき人は一人か、ないしは数人なのに。

 途方もない我慢を強いられる耐久戦だ。

 短気な面もある魔王様はご所望ではないだろう。ならやっぱり殺し合いに持ち込もうと言い出しかねない。

 じゃあ、手っ取り早くその殺すべき相手を特定するには?

 膨大な過去の、俺達にとっては未来の情報、それを有する未来人を引っ捕らえるしかないじゃないか。

 どうやって?

 古今東西、使い古されているおびき出し作戦だ。

 未来人が手を出さない一歩手前、でも様子見で偵察したくなる状況を演出する。

 あのサングラスをかけた女が未来人だろう。

 あの女から得られた映像は過去を監視するオペレーションルームのような所か。

 俺の渋谷での挙動が異変に値すると判断して来たのなら案外、微風程度のアクションで誘い込めるかもな。逆にそんな小さな行動にも目を見張っているとも言えるのだが。

 俺はある策を閃いた。容易に人混みに紛れて、その場に留まっても自然に観察ができるような場を作ればいい。

 橘たちがバンドをやってくれて助かった。

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