侵食されゆく未来(4)
風が強い。湿った空気で昨日のような大雨になってもおかしくはない。天気予報はチェックする暇もないので実際に降るのかはわからないが。
時刻は深夜零時。今日はいつもよりさらに帰りが遅くなってしまった。寒くなったり暖かくなったり環境の変化が激しいからか頭が、体が重く作業スピードは鈍くなるばかりだ。
自宅近辺のコンビニで若い集団がたむろしていた。まだ中高生じゃないか?
そのコンビニは店内の明かりは点いているもののガラス窓、出入り口のロールカーテンが降ろされており閉店しているようだ。いつから二十四時間営業を取り止めたのか。
集会という図に俺は見入られた。
その一人が立ち上がりこちらにやって来た。やばい、絡まれるのか。
「もしかして安原さんですか?」尊敬の念が込めまれているような気遣い。俺はいつから路上で名指しで話しかけられるくらい有名人になったんだ。
「そうだけど、どこかで会ったことあるっけ?」
「いえ。急に呼び止めてしまい申し訳ありません。お住まいはこの近くなんですか?」感触通りのえらく丁寧な扱い。俺のことを偉人だとでも。
「うん、ここからあと五、六分ってところかな」
「それは運がいいです。お願いします。僕に超能力があるのかご診断ください!」お手本通りに直角に頭を下げるを少年。
何を言い出すんだ。なぜそのことを知っている。俺のことをリサーチしているのか。「どこでその情報を?」
「う〜ん、主にSNSですかね。安原さんご存知ないんですか。けっこう有名ですよ。安原さんはかなり精度の高い診断能力を持っているって。他にも未来予知なんて出来るんですよね。それで近い将来に交通事故に遭い命に危険が及ぶって教えてあげたこともあるそうじゃないですか。密かに安原さんを探して自分も、自分もって希望している人もたくさんいます」
何気ない行動が大きな波紋になるのを目の当たりにした。「にしてもなんで顔まで割れているの? 俺、SNSに自撮り写真なんてあげたことないし」
「そこは……言いにくいですけど誰かが隠し撮りして勝手にこの人はすごい人って写真をあげているのかな〜なんて。渋谷にはよく行かれるのですか。そこでの写真が多いですね」
ふざけんな。誰だ、俺のことを広めている人は。
俺の秘密は小さなグルーブの中でしか共有されていない。一人ずつじっくり尋問してもさほどは時間はかからないが、信頼はしていただけにそれはためらってしまう。
たまっていた四人ほどの男女も集まってきた。全員が俺の名をキャーキャーと浴びせる。
それが、妙に心地よかった。
頼りにされている、他人が俺を求めていることに。
これが俺の証か。
小さい頃からクラスではいてもいなくてもどっちでもいいおまけだった。
そこにある日スポットライトが。
小野さんに点在する超能力者を探す役割を任される。
その縁でしか結びつかない人々がここにもいる。
この役目を放棄して残るものは?
ガヤガヤと談笑している元クラスメイトを前に紙コップを手にして黙って立ち尽くす俺だ。
古谷さんとあの公園のベンチで二人っきりで話せた日をまた思い出す。
『あなたに出会えてよかったのかもしれませんね』
ある人にとってかけがえのない人に、俺じゃなきゃいけない存在になれたかもしれない。
これがどれだけ嬉しくて、心を満たされたことか。
ここが俺の居場所だ。
離れてしまったら次の居場所に心当たりはない。この未来の希望である若者にそっぽを向くなんてことは許されない。
俺達が新世界を創造するんだ。
強風が雲を流し、月が現れた。
遠くでは雷雲が発生したのかピカピカと激しく点滅して、ゴロゴロと雷鳴も。
「マジ明日、雪降るかもるって」スマホを操作していた女の子が言う。
傍観者にはならない——この荒波の中、柱にしがみついてただ過ぎるのを待つのではなく、俺が号令をかけて導いてあげなければならないんだ。
さぁ、世界を取り戻そう。
明日の午後に雪が降る。その予報は当たるのか、一転して肌寒くなってきた。
あの子達の中に超能力者がいるのかまだなんとも。突然、芽を出すことだってある。
がっかりしている中でこれだけは断言した。
超能力は存在すると。
噂ではない、ゲームの世界だけではなく、ここにもあると。
その超能力があるのか、ないのか一部の間で活発に議論させるようになったのはそれにまつわるエピソードが流布されるようになったからだと、兆候を教えてくれた。
殺人でもないのになぜ俗に言う上級国民が一週間で三人も死亡した?
労働組合がない会社も多い日本でなぜ千人が団結してストライキをできた?
いち芸能人の失態ではない、芸能界を支配している大手芸能事務所の社長が横断歩道で酔っ払って下半身を露出させるか?
困っているのは下層階ではなく上層階のお偉いさん方だ。
裏で暗躍している人がいる、日本を変えようとする異能者がいるとある人がつぶやいたら真に受ける人が炙り出される。
なぜ聞き流せないのか、思い当たる事があるからだ。
ずっと小さな箱に鍵をかけてしまっておいた物語が開け放たれる。
喫茶店で耳を傾けると超能力について具体的に語り合っている人達を見たという人が。
そういえば俺達は情報セキュリティーについてはまるでど素人だな。公衆の場でペラペラと喋ってしまっている。聴力がピッコロさん並みの能力者がいたらもうお手上げだ。これからはその点にも配慮しなければならないか。
もしかしたら思ったよりも認識している人は多いのかもしれない。思わず隠し撮りをされてもおかしくないくらいに。
その中でも特に有名なのは、まさにそんな未来がくることを予言したお兄さんと遭遇したことがあると証言する人物の話。
超能力によって友達が犠牲になった。
そこに現れた眼鏡をかけたお兄さんが、悪用する能力者が増えるとやがて日本は、世界は第三勢力によって実権を奪われると震えながら訴えたのだ。
その犠牲になった友達の父親が大手企業のエリートとして若いうちから重宝されていたが、過去に何人もの若い女性に性行為を強要させた罪があった。その一人の女性は遺書を残して自殺したと知ったのはだいぶあとのこと。
証言者は友達が犠牲になった原因はこれだと直感した。
まさか本人ではなく息子をターゲットにしたことに生かさず殺さず、寿命で死ぬまで苦しめという陰湿な憎悪が滲み出ている。
実行者は女性の恋人や婚約者か、家族か、親友かは未だ不明。
これは俺が生まれる前の事件だ。そんな昔からぽつぽつと超能力を復讐の道具として駆使していた人がいたのか。
特筆するべきはそのお兄さんが限界まで能力を極めないとこんな芸当はできないと驚愕していたこと。
その能力とは特徴から推察するに小野さんや古谷さんと同様のもの。四十代の小野さんですら遠く及ばないくらい変幻自在の奥義になっていた。
年だけくっただけ、あの青年の発言が過ぎる。
年齢を重ねれば、地道に使っていけば自然とそのレベルまでパワーアップしていくものでもない。そこはやはり才能とやらが絡んでくる。
橘の扇動というチートで能力が向上した俺からすれば、どんな修行を積めば限界まで極めたと言わしめるほどに至るのか、
非常に好奇心をかき立てたられる。なんとかして発見したい。それを見破った眼鏡のお兄さんも。不幸がなければまだ存命しているはずだ。
家に着くと玄関にリュックを放り投げ、自転車に跨る。
超能力者の拠点へ。徒歩で五十分なら二十分もあれば着くか。
自転車を漕ぎ始めると地響きがするくらいの雷が落ちた。電線がグラグラと横に振れる。
怖気付くな。勝てる余地はある。
運命を変えてみせる。俺ならやれる。
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