侵食されゆく未来(2)

 翌日。休日なのに俺は出勤していた。

 社内の配電盤工事に立ち合わなければいけないからだ。この工事をするためにはオフィス内を停電させないといけないため業務に支障が出ないよう休日に行う必要があった。

 急な停電は故障の原因にもなり得ると指示を受けて業者が来る前にちゃんと設備の電源は落とした。

 昼時には終わるとのことだが、昼飯はいつも通りどっかの行きつけの店で食べることにした。作業をしている人に外に出ることを告げる。

 午後になると曇り空になり雨が降りそうだな。生暖かい風も。

 会社に戻ってきてもまだ作業は終わっていなかった。暇なので椅子に座りウォークマンで音楽を聴くことにする。

 数曲目で再生されている曲が途中で停止してしまう。

 あれと思い机の上のウォークマンを確認すると小柄の作業員が机を挟んで立っていた。

「お疲れのところすみません。あの、作業終わりましたんでこの紙にサインをお願いします」音楽を聴きながら軽く眠っていたみたいだ。俺は言われた通りにサインをする。「こちらが控えになりますので。どうもありがとうございました」快活な挨拶で去っていく。

 俺は座りっぱなしで礼を言うこともなかった。失礼にあたるだろうが、こっちは依頼者だ。これでもう工事は受け付けないなんてことはないだろう。

 ウォークマンを見つめる。

 ポケットに入っている時はたまに足を動かした時の反動でボタンが押され曲が停止することはあるが、今は机の上にある。なぜ停まったのか。

 あの作業員が操作したのかな。眠っていたし、気づいてもらうためにきっとそうだろう。

 再生中の曲が停まるといえば橘と工藤君の再会も似たような現象がきっかけであると昨日のライブのメンバー紹介で明かされた。

 全力疾走すれば発車する寸前の電車に間に合うと、階段を駆け上がっている最中に曲が急にブツっと切れてびっくりしてつまずきそうになった。

 それで乗りたかった電車を逃したわけだが、次の電車に乗っていた工藤君がホームに立っている橘に気がつき急いで彼のもとへ、こんな流れだ。

 ウォークマンにはその誤操作防止のためホールドがされてあったはずなのに、曲が停まったので怪談風に語っていたのがまた会場内に笑いを生んだ。

 工事は終わり休憩室にある冷蔵庫のコンセントを挿す。これを忘れたら中にあるものがおじゃんになると真っ先にやる。

 ここにはテレビもある。お昼のニュース番組が始まる頃だったので暇潰しにテレビを点けデザートに買った新作のコンビニスイーツをここで食べることにした。

 衝撃的な映像が映し出された。

 司会者がその中継映像を観ながら短く状況を淡々と実況する。

 商業施設から黒い煙が上がっていた。

 司会者が読み上げている原稿を聞くと、この建物内に入る店舗が何者かによって放火されたそうだ。避難した人によると灯油を店内に撒き散らしたのが原因との情報も。

 この建物にはうちが管轄している店舗がある。あの、ついこないだタブレットを渡しに行った店舗。

 まさか、そんなこと。

 俺は支店長に電話した。元から会社を出る時に連絡するつもりだったし良い機会だ。「あっ、村木さん、ニュース見ました? うちの店舗が入っている建物で放火事件があったみたいですけど」

 支店長も事件については承知しているが、まだ何も詳しい情報は入っていないとのことだった。時間が経つのを待つしかない。通話を切る。

 あの店舗が被害に遭っていたとしたら、犯人は見当がついてしまう。

 奈落から這い上がってきて最後の抵抗をしたか。

 うっ胸が苦しい。

 今日は家でゆっくりしたかったのに無理をしたのが祟ったか。まずいぞ、息苦しい。圧迫されているようだ。さらにこの甘味なロールケーキを前に俺は気持ち悪くなる。吐きそうだ。

 誰もいないのをいいことに俺は床で横になる。頼む、治ってくれ。


「超能力者がこんな犯罪すると思います?」

 熊谷さん……俺が座っていた椅子に座り、見下ろしている。

「ぜーったいにこんな乱暴で、スマートじゃないやり方で超能力者は人を殺しません。しかも狙いは一人でよかったのに、これじゃあ無関係の人も巻き添えじゃないですか」

 まだ決まったわけじゃ……。

「こんな凶行を事前に食い止めることができるのも超能力者が行動を起こすメリットなんです。社会につまみ出された人がやりたいことは私達がやります。これで今日の加害者も生まれず、罪なき善良の市民も死にません。死ぬのはそんな社会的弱者を生み出している、見捨てている権力者、投資家、国です。現代社会は格差が広がりすぎている。駄目な人はとことん駄目になり、儲ける人はとことん儲けている。健気に努力している人でさえ資本主義の奴隷に嵌ってしまったらその努力が報われることはない」

 そうだ、そうなんだよ。

「掘り下げれば根底にあるのは個人への恨みではなく、社会全体への恨みです。なぜ様々な理由で道を踏み外した人でも、そこから再び立て直せてまともな人生を送られるシステムが整備されていないのか。仕事ができない、使えない人間はその資格がないってこと? 会社の言われた通りに仕事しているのになんで感謝もされず、相応の給料も貰えず、休みも与えられずさらに一日の限界を超えている量の仕事が降ってきてそれを倒れるまでやらされるのか? その溜まった怒りが噴火して暴走しても、手をかけられる範囲は虚しいほど狭い。だから自死する人までいる。一番、深い傷を負わせなければいけない人間にはいくら個人が足掻いても届きません。逆に殺してもしょうがない人が犠牲になる。これほど何も生み出さない愚行はありません。だから、私達の出番なんですよ。安原さん、協力してくれますよね? 私達が団結すれば革命は起きます! 超能力者達に呼びかけましょう。非効率な活動はやめて、元凶を摘みにいこうと。できれば小野さんを殺した人も探し出して誘ってください。彼も正しいようで、討つべき悪を間違えています。あれは我々を欺く囮だと説き伏せ私達の理念を植え付けてください。真に首を狩るべき相手は別にいると!」

 膝をつき顔をぐっと近づけてくる。

 ああ、わかったよ。未来は託した。

 一度、この世界の構造を破壊しよう。バラバラになっても再構築すればいいだけ。それも気に入らないってなったらまた誰かが破壊することだろう。

 人間社会とはその繰り返しだ。一つの国が歴史を築いてもいつかは滅ぶ、そしてまた新しい国が……その繰り返し。

 新陳代謝機能が失われた体は腐って無残に死ぬように、国、組織も同様。クズクズと腐るのを待つくらいなら、新しい勢力に破壊と再生を委ねるのも悪くない。

 でも、……。


 今のは夢か。

 そうに決まっている。熊谷さんがなんでここにいるんだ。ひんやりとした床から上半身を起こし背中についたゴミや塵を手で払う。

 今のは夢だ。放置されていたロールケーキはレジ袋の中に入れ持ち帰ることにした。

 テレビが消えている。真っ黒な画面が前方にある。

 夢だ、夢だからテレビなんて点けてなかったんだ。

 エレベーター前でこのビルの清掃をしているおばさんが居た。俺の存在に気がつくとガタガタと震えながら近づいて来た。

「さっき起きた火事、知りました? あの建物っておたくの店舗が入っている所じゃありません?」

 夢じゃなかった。

 俺はなんて答えていいのか分からず無言のままエレベーターのボタンを押した。

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