侵食されゆく未来(1)

 負けた。

 敗因を分析するといまいち決定打に欠ける、それは心配しすぎで終わることだってある、なんかワクワクする……トンチンカンな分析ではないが、これでもうこの負けからは切り替えようとはなかなか難しい。

「熊谷さんって見かけによらずちょっと過激な思想を語るんですね」

「橘の能力に侵されたのもあるかもしれません」

 渋谷駅から地元の駅へ帰って来て古谷さんを自宅近くまで送ることにしたのでこうして肩を並べている。

「私、熊谷さんをこっち側に回すことができなかったのは、正直どこかで熊谷さんの語る未来も有りかもなって共感してしまったのもあると思っているんです」

「……俺もそうです。こっちが絶対に正しいと大義あるならもっと粘ることができた気がします。うんざりしながらも生きている中で、その世界が映画みたいに大きく根本から変わると豪語されたら傾いてしまいますよね」

「日本の選挙投票率が九十パーセントまで上がる、そんな大変化なら私は大歓迎です。善人に限らず、悪人だろうがこの状況をどうにか打破したいとは共通して持っている、強く反対できないのはそこに刺さるから? もやもやしますね」

 無人の公園前で古谷さんと別れた。

 この公園は古谷さんと初めて出会った日に立ち寄った場所。あのベンチで座ってあれこれ超能力について解説したのが懐かしいな。

 あれ。これは……個人的な回想ではない。声が聞こえる。俺と古谷さんの。


『あなたに出会えてよかったのかもしれませんね』


 何度でも聞く度にじわっと胸の底が沸騰する、あの言葉……。

 未来が見えるなら、よな——がそうユーモアに語りかけてくる。

 さっきの声はお前だったか。

 過去が見えるようになった! という字幕とレベルアップの音楽。

 ……過去が見えるようになっただと!

 なら、と俺は足早にある場所へ行く。小野さんが殺されたあの場所へ!

 この橋の下で小野さんの死体は発見された。

 うっ、橋の上でジジっとあの砂嵐が。ここでも再生されるのか。


『あなたか。僕をずっと尾行していたのは』


 はっ。この青年が、小野さんを!?

 制服らしきものを着てるってことはまだ学生なのか。俺は小野さんの背後からの視点でそれを見ていた。

 犯人の顔が……これは大きな手がかりだ。


『やるな。気づいていたか。まさか、ここまでご足労とは恐れ入る』

『あなたこそ。どうして僕が手に血を染めていると突き止めた?』

『いや〜もう君まで辿り着くのにどれだけ苦労したかって振り返れば、ただの数撃てばなんとやらってやつですよ。それに比べれば君は若いのになんて有能なんだ』

『どうするつもりだ? 俺を捕まえる気か』

『そうしたいのは山々だが証拠がない。君は犯行時では姿形が大きく異なっている。どうだ。金輪際こんなことをしでかさなければつけ回さない。こんな無茶苦茶なことがいつまでも続けられるとは思えない。これは君の命も気遣って忠告している。俺も死にかけたように』

『あなたも僕と同じなんだな。僕らみたいな人間はどのくらい把握している? 二人いるってことは一定数いるとみているが』

『その通り。俺はあと三人知っている。君も入れて四人だ。その中で君だけこの力を使って好き放題暴れまくっている。仲間として止めたくなるのは当然だろう』

『好き放題暴れている? 心外だな。僕は弱い者の味方だ。僕は悪人にしか裁きを下していない。これは救済だ。賞賛されてもいいくらいだ』

 熊谷さんの予想は的中している。

 だから彼も人を殺めてもこれっぽっちも犯した罪に苛まれることはないのか。

『それでも犯罪は犯罪だ。バレたら逮捕される。それに、そんな嫌われ者だってそうなりたくてなったわけじゃない。正義の志を持っているなら罪を犯す、それも人殺しは胸を張れる功績じゃないだろう』

『あんな奴らに正論をかざしても通じないんですって。同じ人間の脳を備えているとはとても思えない。クズの更生に膨大な時間をかけるよりささっと殺して、また生まれ変わってくれた方が有意義だと思いますよ。その更生のお手伝いをする人にも、その人の人生があることを忘れないでください。お金だってリソースだって無限じゃないですから仕分けは必要ですよ』

『君の考えはわかった。その上でお願いする。もう馬鹿な慈善活動は辞めて自分の人生だけを生きろ』

『あなたこそ、僕に構っていないで自分の人生を生きたらどうですか?』

 小野さんが両足を大きく広げ左手を突き出した。

 怯み、咳き込む青年。

『それがあなたの力ですか。吐き気がするようなものをお見舞いしてきましたね。これはどこから拾ってきたおんです? 楽しくなってきたな〜歯ごたえある相手はいないのかって心のどこかでずっと思っていたんですよ〜』

 なんて好戦的なんだ。本当に俺の思っている善人なのか。小野さんもなんでこんな挑発を。

『そうなんだよ。せっかくこんな力があるのにそれを持て余してしまっている。一般人に使うのも不平等だし、なら相手にできるのは同じ力を持つ者同士。それもお前みたいに飛び切りの力を持ったな。巡り会えたことに祝杯をあげよう。今宵は歴史上、初の超能力者同士の戦闘が始まるぞ』

 そんなっ。小野さん、何を言っているの。

 超能力者は善人な人にしか宿らないんでしょ。なんで好き好んで戦闘なんかするの。

『観客が誰もいないのはもったいないな〜特等席は百万払っても観たい人がきっといますよ……まぁ、あなたはどうやら歳だけくった雑魚みたいなんで一分も持たずKO、観客はブーイングなんで草試合で十分か。それでもワクワクしてしまうのはなんですかね?』

 青年は背中が肥大化して肉塊へ。目を背けたくなる。

 彼の能力は、だ。

 外見のみならず身体能力も大幅に向上。小野さんのレベルではまず勝てないだろう。

 なぜこんな力が生まれるのか?

 彼の異常な変身願望がそれを目覚めさせたのだ。初期段階では解離性同一性障害のように内部に新しい人格ができる。そこから徐々にその人格が外見にも表れる過程を経て目覚めの時がくる。

 図鑑のように超能力を正確に解析できている。

 これがか。

 ……なるほど。超能力は使ってレベルアップしていくのが基本。

 その能力の経験値が大幅に稼げる絶好の機会が巡ってきた時には能力者を興奮させて使うように促す。

 その最たる機会こそ超能力者との決闘だ。

 それでなくても攻撃系の能力を使うと通常より個人差はあれど血気盛んになるらしいな。

 なまはげのように長い髪の毛、緑の合羽のようなに全身を隠す衣。

 顔は小野さんに写真で見せてもらった時より整っていた。モデルにしているのは天狗だ。鼻は短いが。

『ところで一人じゃ勝ち目がないからと、とやらも引き連れてきたのか?』

 変身すると声が老婆のようにしわがれている。

 『仲間を連れてきた? なんのことだ』

 なんだ。この会話。仲間って……。

『いつの間にかお前の背後に隠れている奴は誰だってことだ』

 小野さんが振り向いた。

 まさか、俺が覗いているのが……。

『……安原、お前いつの間に!』


 テレビの電源を素早く切るように映像はプツンと消えた。

 違う、消したんだ。

 九死に一生を得たかのように崩れ落ちた。

 これは、これは過去の光景を映し出す能力なんかじゃない!

 

 その意識、エネルギーは能力者には見えてしまう?

 あの直感はこれだったか。

 未来の姿が映された時にその人物には指一本、触れない方がいい。なぜなら同様に未来から過去へ移動させているからだ。

 会話はできていたな。

 中身はどうなっていたか? 記憶は現在に準ずる? その合間、未来の人はどうなっている?

 色々と考えられる。その間は意識を失うのかも。なら戻った瞬間に危険にさらされていることだってあり得る。

 やめよう。考えたところで検証方法も思いつかないことを考えるのはやめよう。

 小野さんは俺だと気がついてしまっていたな。

 これが過ぎ去ったあの事件にどう影響を与える? 

  

 だから、考えるのはもうやめるんだ……。


「安原君! ねっ、大丈夫?」

 太ももあたりに重みのある物がのしかかっている感覚があった。

 目を開けるとブサ可愛い犬がいた。

「犬が喋っている?」体が跳ねる。霧が晴れたようにぼんやりしていた頭がクリアになった。「そんなわけないでしょ。喋っているのは私」

 宇佐美さんだった。超能力者と思われるも未だ何の能力が眠っているのか判然としない最後の仲間。

「人が倒れているだけでびっくりしたのに、まさかそれが安原君だったからさぁ。よかったよ、死んでいなくて」

 俺は意識を失っていたようだ。死んでいなくてよかったか。死にそうなくらいの衝撃はあったはずだけど、死んでなくて良かった。

「……宇佐美さん、ちょっと手出して」「手……こう?」握手する。

「えっ、いきなりなに」動揺からか左右に小刻みにステップしている宇佐美さん。「はぁ〜こうしていると安らぐ」

 病は気からなどではない。医学的にと言うのも変だが、こうすれば楽になると効果がある処方だ。

「宇佐美さんの持っている能力はかな。超能力を酷使した俺みたいな人を回復させるみたい。ナイスタイミング」

 宇佐美さんには俺に新しい力、未来予知ができるようになったと伝えて、それで調子に乗ったら倒れたということにしておいた。

 小野さんの件については伏せておいた。

「安原君、成長しているんだね〜観測の力も私の持つ能力を瞬時に見抜くくらいだし。でも、これはあんまし活用できる場面はないね」

 そうでもないかもしれない。これから貴重な回復能力として活躍する場面は格段に増える。

「どんな未来をみたの?」

 なんて答えよう。

「まだ慣れていないから試しているところ。人と動物は対象にできるんだけど、生き物がいないただの場所は無理みたいだね」

 ただしそこに何かしらの強烈なエネルギー、能力者にとってゆかり、因縁のある場所であれば過去、未来へ連れて行ってくれる。

 ってやつか。

 俺、とんでもない能力者だったんだな。

「じゃあ、私は?」

 オン。消えた。

 

「もう成長しきった大人だからあんま変わってない。皺が増えたくらい」

「なんだ〜そういう力ね〜。そういえば空綺麗だね。何が原因なんだろう。この世の終わりだみたいに騒いでいる人もいるけど、私はなんかいい意味でドキドキしているな。なんでだろう」

「うん、俺もかも。オーロラなんじゃないかって言う人がいたけど、まさか条件に合わないし」

 これはある超能力者の力さ、と伝えるべきだったか。なんか可能であるなら宇佐美さんにはこのまま何も知らずに過ごしてほしいと思った。

 宇佐美さんの背中を見送る。

 あの犬のように後先、考えず生きられたらどれだけ幸せだろう。

 やまない冷たい風。その風がちぎれちぎれの破片を未来から運んでくる。

 これは滅びゆく魂の旋律か。

 夜空を見上げる。くっきりと月が浮かんで光を放っている。

 空の色は次第に薄くなってきているか。これは太平洋側の地域、全てで観測されて日本中が大騒ぎしている。

 胸に手をおく。心臓の鼓動。

 ……全てを吸い込み空は墜ちてく。

 黒い大きな丸い穴を開けて。

 空が地に着面したとき闇の空間に放り投げられる。

 あとはそこをゆらゆらと彷徨うだけ。永遠に。

 目を両手で覆った。地面には発狂の影絵。


 俺は地球の終焉をみた。

 

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