扇動者(1)

『安原さんのご都合の良い日にいつでもどうぞ』


 そうか。学生時代の友人と卒業後はそれぞれの仕事の関係やらで予定を合わせるのは手こずるわけだが、一方がいつでも構わないとなればこうも簡単に会うことができるのか。

 俺は三日後にはまたあのタワーマンションへと足を運んだ。

 今日はあの橘も来るらしい。

 あの未来の答え合わせができる、行かないでどうする。

 もう三人は集まっているようだ。

敵というわけではないだろうが、アウェーの地へ乗り込むように引き締めた。あの二人はともかく橘はまだ未知数だ。

「どうぞ」熊谷さんが出迎えてくれた。

 奥が騒がしい。ドンチャンやっているのか。

「今日は何かのパーティーですか?」

「はい。あの二人にとっては記念日だそうです。……橘さんが嫌っていた上司が事故死しました」

「そうですか」

 申し訳ないが悲しいとは特に思わない。

 ニュースで交通事故により一人が亡くなりましたって流れてもいちいち悲しまないのと一緒だ。

 橘は上司が亡くなったのなら鎮痛な面持ちくらい芝居でもするべきだが、どうやらさらさらその気もないどころか宴を始めたか。

 ドアを開け中に入ると音量が一気に上がる。

「あっ。君が安原君?」あどけない少年の名残りがあるかのような純白の声。

 こいつが橘か。

 なるほど、髪が社会人のわりにはやや長くだらしない印象もあるがモテそうな整った顔立ちだ。

 何を身構えていたかは知らないが、悪い印象はないことに肩透かしをくらったみたいだ。俺が身勝手に作り出した悪人とは程遠い。

「はい。初めまして安原です。あなたが橘一馬さんですよね」

「そう。よろしく。なにやら安原君は新一の持っている不思議な蛾とかに詳しいんだって? 俺にも聞かせてよ」

 いま蛾、って言ったよな。

 この際どっちでも良いわけだがあれに関して詳しいわけではない。少しズレた伝わり方をしているな。俺も結局そこまで丁寧に説明しなかったのは悪いけど。

「だから蛾じゃないって言っているでしょー」やはり訂正する工藤君だが、本気で怒っているようには見えない。

 全力で否定した熊谷さんの雰囲気からして蛾と発言したら怒り狂ってしまうから禁止用語だとばかり思い気を遣っていたのだが。

 全員が揃ったところで改めて乾杯した。

 テーブルにはチキンにピザ、フライドポテトなどクリスマスを彷彿とさせるメニュー。どこかの店で持ち帰ったり出前で頼んだものだろう。

「はい、ってことで俺の復讐を成し遂げた記念に乾杯っ」「カンパーイ!」工藤君がやたら甲高い声で言うので耳が痛い。

 これ以上、騒音を増やすのはやめてくれ。

「あの〜確認ですけど復讐とは?」大筋は把握しているがここは改めて俺から投げかけるべきだろう。

「え〜っとね、安原君はこれについては蚊帳の外で悪いし、あんまり気持ちの良い話じゃないけど、ざっくりと言えば俺の職場にいた最悪な上司に正義の鉄槌を下したわけでありますよ」

「やはり。実はですね、俺もあの電車内にいて目撃しているんですよ」

「そうだったね。それで安原君があの蝶が見えるってことで熊谷さんが声をかけて今ここに居ると」

 ちゃんと蝶に直しているし、工藤君ほど親しくないであろう熊谷さんにはさん付け、人を死に追いやったとはいえ口調からしても意外にも礼儀を弁えている人なんだな。

「そうです。僕はいわゆる超能力者が力を発揮した時にビビッと反応して誰がそれに該当するのか見抜くことができるんです。熊谷さんもそうです。橘さんもあの蝶が見えるならそうなるわけで。もちろん工藤君も。僕たち四人は超能力者の集まりなんです」

「う〜ん、超能力っつっても蝶が見えたり力を使った時にわかるだけっていうのはつまらないよな。今のところ新一だけじゃん。すげー力を使えるの」

「そこはもう本人がいかに自覚、受け入れるところから始まるんじゃないですかね。きっかけがないと難しい面もありますが」

 今はそうかもしれないが橘も熊谷さんも何かもう一つ持っているはずだ。俺がそうであったように。

「俺にも力がちゃんと使えるなら新一の手を煩わせることもなかったのに。他人の力を借りたってのが心残りだな」

「安原さんは他にもその力を持っている知り合いがいるんですよね。どんな力を持っているんですか?」

 熊谷さんが機を見計らって発言したのだろう。知りたくてしょうがない様子だ。

「はい。工藤君のと比べたら地味ですけど、使い方によっては人を危険にさらす力もあります。そこで、俺からの提案というかお願いなのですけど、あまり無闇やたらにこの力を使って他人を傷つけるのはやめましょう。いくら憎くても」

 俺は俺で忠告したいからここに来た。超能力者を悪人にしてはいけない使命感を持って。

「安原君の心配もわかるよ。でもさぁ、人って必ず一度は他人に対して死んじまえなんて思うことはあるのは認めるよな」

 そんなことありません、と即答はできない。むしろ橘の意見は間違っていない。

「そうですけど、だからといって本当に死んだらどう感じますか? きっとあぁ、本当に死ぬことなんて望んでいなかったんだって実感するはずです」

「それがそうでもないんだな」

 なんだ。

 橘が発言する度、呑み込まれていくように抵抗はやめた方がいいと降参のタオルを手にかけようとしている。

「あのくそ上司、俺だけに嫌がらせをするだけならまだいいんだ。社内で一番美人と評判の女性にしつこく食事に誘っていて、遂にはこの前ホテルにでも連れ込んで手を出そうとしていたんだ。流石にそれは断ったそうだけど、ショックはでかいのは言うまでもなく。そもそもなぜ俺が嫌がらせを受けるようになったかも、そのお気に入りの女性が俺に好意を抱いていたからその嫉妬からだ。女性がセクハラ、さらにはレイプされるのは心への暴力、殺人も同然だ。しかも相手は立場の優位性を利用しているから強く出られない。これは時間の問題かもしれないと、それを未然に防ぐために俺が裁きを下した。正確には新一だが。どちらかがいずれ深い傷を負わなければいけないなら、誰が負うべきか一目瞭然だよな」

 ここでもサラッと自分はモテます宣言か。やたら事情に詳しいからその女性に抱きつかれて相談もされたのかもしれないな。

 橘が工藤君の頭を撫でると犬のように忠誠心を示す。ちょっと工藤君ベッタリしすぎじゃないか。

 誰かを守るためにか——これを盾にされたら俺の手札では打つ手がない。

「最後が事故死って聞きましたけど……」

「そうそう。それもこっちとしては都合がいい。こっちは大衆の前で大恥をかかせただけ。そこから死ぬに至るまでは関与していない。これじゃあ警察は捕まえようがないよな」

 ニヤっと口があがる。その瞬間、橘の瞳が赤く光ったような……。

 そう、一番都合がいいのは自滅してくれることだ。それを意図的に誘導できてしまうから俺は怖いんだ。

 直接、手を下していなければ罪悪感は薄くなる。

 おもちゃの銃のようにためらいなくガンガン打ってしまった先に幸福があるとは思えないのも一目瞭然だ。

「よくわからず力を使ってしまったがために体が蝕まれた例があるんです。その人は一年ほど食事も満足にできず家で療養していました。それも知っているから俺はやめようって言っているんです」

「へー。どんな使い方?」

 どうにか自重させてもらえないか、脅しのように失敗例を挙げたがミスをした。これは使い方さえ誤らなければ小野さんのようにはならないと行き着くことができる。そうなると正しい使い方を模索しようで終わりだ。

 とりあえず俺は他の人の能力について初めて語り出した。

「なるほどね。人間の体に巡っているエネルギー、それを吸収して利用できる力なんてあるのか。で、その人は他人から吸い取ったものではなく自分自身のエネルギーを使い過ぎてしまったがために限界がきてしまった。じゃあ新一の力はどうなんだってことになるが、どうだ。体調が悪くなったりしたことあったか?」

「うんうん。ぜんぜん」

 だろうなとは思っていたよ。

 正しく使えば自分に害が及ぶことはない、そういうふうには結論付けることはできるのかもしれないけど。

「その力、おまけにエネルギーの質を分析して心の内も読めてしまえるんですね。それだけでも立派な超能力なのに、それが攻撃的なエネルギーなら武器にまで使えるなんて」熊谷さんが久しぶりに言葉を発する。

「ドラゴンボールのエネルギー弾みたいなもんか」

 ドラゴンボール……懐かしい。小野さんと初めて会ってこの能力について話し合った時もそれがしっくりくるって笑い合ったな。

「それ、わかりやすい!」

 ここで沈黙する。

 どう落とし所をつけるのか探っているみたいだ。

「安心して。他にも苦手だなと思う奴はいるけど今回だげ特別だと許してほしい。女性に無理やり手を出す行為は絶対に見過ごせなかったんだ。同じ職場内で、上司だとあんまし手荒なまねに踏み切れなかった、苦肉の策だったってことで」

 頭を下げる橘。嘘をついているようには思えない。

「わかりました。ってかなんで俺が許す許さないのジャッジをしているのか。この話はこれでおしまいにしましょう」

「よし、じゃあ仕切り直しってことで俺が一曲歌って重い空気を消し飛ばそう」「あの新曲聴かせて!」

 新曲ってなんだ。

 そういえば橘はバンドを組んでいるのか。

「あれは次のライブまでお預け。マイク持ってこい、普通に歌う」

 この部屋ではカラオケができるらしいな。工藤君が手際よくマイクをテレビに繋げて橘が歌い出す。

 俺は知らないが、ロックバンドの曲かな。長めのイントロのあと、ギター、ドラムが鳴り響く。

 けっこうかっこいいかもしれないな。

 橘が歌い出した時、ドクンと心臓がはねた。工藤君は長年のファンのように手拍子しながら盛り上げる。

 バックに眩しい照明があるように橘は輝きを放つ。

 さっきの声とはうって変わって低めの声。正座でもしなければ失礼だと姿勢を直した。サビであろう部分で工藤君も歌い出す。

 二番に入ると俺はときめいていた。次のサビでは笑みがこぼれ上半身を揺らしノリだした。

 ギターソロ。その間はボーカルは休みになるわけだが、立っているだけでなんでこんな引きつけられるのだろう。

 この曲を知らなければ橘の作った曲だと言われたら信じてしまうだろう。そのくらいものにしていた。

 このままではいけない——

 お前も動け、立ち上がれ。俺の中で竜巻が起こった。なにか、行動に移さなければ、いつの間にかそんなことをずっと考え始めていた。

 歌い終わると惜しまず拍手を送っていた。

 音は止んだのに地響きのように部屋が揺れている気がした。

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