未来予知(4)
一仕事を終えて昼食をとってる。渋谷に来たら決まってケバブサンドの店を探して道端で食べるのが習慣になっている。
「あっケバブ美味しそう」と通りすがりの若い女性が呟いた。今日は俺にしてはやたら注目される日だ。
ヒュッーと風のような音が耳に入る。
風は強くない。
どこからなのか、発生源の見当がつかない。先にケバブを平らげることに集中した。包まれた紙を丸めて買った店に備え付けられているゴミ箱に捨てる。
再び人が密集しているハチ公前へ向かい始めてもそのヒュッーという音は耳から離れなかった。
なんだこれは? 細い筒から風が漏れているような音だ。
左右に首を振る。まさかとは思うが耳に水が入っている? という予想は外れた。音がこもって聴こえるわけではないんだけど。どちらかと言えば頭上の斜めから降ってきているような気がしなくもない。
空を見渡す。冬らしい晴天だ。
背が高くつばの広い紺色の帽子にサングラス姿、まるで映画スターのような貫禄で見惚れてしまう女性が正面数十メートル先に歩いている。
の、だがそれだけじゃないと五感いや第六感が主張した。
彼女も超能力者か。
いや、なんか違う。この反応はそれとはまたニュアンスというのか、それが異なるものだ。ジワジワとそれが強くなる。
例の風の音も鳴り止まない。この奇妙な風が異質な彼女を連れて来たのかさえ思う。
いよいよすれ違おうかとする瞬間、重力が増した。
腹が重い。
頭、耳が強力なマッサージでもされているかのように圧がくる。
視界もおかしくなっているぞ。波形のように辺りがうねりだした。街の色は失われ濃い青に染まっていく。
お前は誰だ……抑え込まれているその圧力を跳ね除けて、俺は必死の形相で手を伸ばした。
肩をガシっと掴む。焦点は女の目から口元に絞り込まれた。
相手は大きく見開き全く予想だにしなかったといった様相だが、ただ通りすがりの男にいきなり肩を掴まれたからという事実だけで驚いたとは思えない。
もっと何か別の、特別な事情が裏で広がっている、そんな腑に落ちないリアクションをした。
「うそ、なんで」
小声なのか心の声なのか判別できない響きだったが、確かにそう聴こえた。
女は俺を吹き飛ばす勢いで腕を振る。
重力、視界が元に戻った時にはもう女の姿はなかった。
「うそ、なんで」
こっちも同じ気持ちだ。足がばかに早くないか。どういうことなのか説明してほしい。
女の肩を触った右の手のひらをまじまじと見つめる。五本指を動かしながらあの一瞬を反芻した。
痺れ、電流が走った。それは上へと駆け巡り脳に達する。
巨大なモニターがある部屋。どこかの管制、コントロールルームか。
SFチックな内装だな。そこにいる人々は右往左往している。
トラブル発生か。
目と頭が連動しているように痛む、手の甲で瞼を添える。
これ以上、この映像を観ていたらめまいがして気を失いそうだ。
あれは未来の映像だ。
それはあの女に触れたことにより映し出された。
スパイか、ヤバそうな大きな組織の一味である線はあるな。ヤクザや反社会勢力ではなさそう。
あの広大な部屋がその比ではない資金力のある証拠。もしやFBIとかKGBのような組織か。
「命を狙われたりしないかな」映画の観すぎか。
どうせ正体など突き止められはしないと諦めて止めていた足を動かす。関わってはならない人物ならなぜ有無を言わさず肩を掴んだんだ、と自身を叱責したくなるが見逃してはならない衝動があったんだ。
直前の異変はなんだったんだ。超能力者が近いと反応する際、ビビッとくるものがあるわけだが、それとは質が異なる。
この世のものなのであろうか。
飛躍しすぎだとは思えない。
人間には目には見えないエネルギーがある。
それを手に取るように操れるのが超能力者だ。
あれがそのエネルギーで人間に似せ生成された存在であるなら、小野さんや古谷さんの能力を達人レベルまで引き上げた人物がどこかに潜んでいることになる。
もしそうなら、その極めた能力で何を企んでいるのか……俺が恐れている未来が案外、すぐそこに迫り来ているのかもしれない。
もうその片鱗は過去に起きているが、小野さんの犠牲によって現時点では沈静化したとみている。
あれからまだ数年しか経っていないのにまた新たな人物が現れたのなら、今後もかつてないペースで出没するのかもしれない。
燃え上がる炎、黒煙。
車の屋根に仁王立ちして拡声器でしきりに群衆へ訴えかけている男。
これは妄想ではない。未来の姿だ。
ヒューという風の音は鳴り止んでいない。
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