バタフライエフェクト(9)

 なんて広い風呂場なんだ。シャワーヘッドもでかい。俺は手洗いどころか身体全身を洗っていた。

 なんかむしゃくしゃして、汗も流したくなったのでシャワー浴びていいですかと頼んでみたら風呂まで沸かしてくれた。冬という季節を考慮したらシャワーだけだと寒いとそこまで考えが及ばなかったのは不覚だ。

 両足がピンと伸びたまま湯船に浸かる。青森にある母さんの実家でしか許されなかったこと。

 立ち込める湯気で視界がぼんやりする。緊張がほぐれて十分にリラックスしている感覚になる。

 三人で一緒に入らない? せいぜい小学低学年までしか許容できないようなことを平気で提案してくる男、工藤新一。

 いつも何かをしでかしそうで危なかっしそうな彼にバタフライエフェクトという最上級と評していい能力が備わっている。これ以上凄い能力に今後、遭遇することはあるのだろうか?


 これまで得た情報から特徴を整理すると……、

 能力者から黒い蝶が生成される。これは誰からでも見えるものではない。

 その蝶が能力者から離れて飛び立つ。

 人、生き物、物にランダムで止まったら対象者、対象物に何かが起こる。それが幸福なことなのか、不幸なことなのかはコイントスの結果次第。

 時間、いつなのかは基本的には不明。本人曰く明日なのか、十年後なのかはっきりせず幅が広すぎる。

 しかし能力者が対象者に向かってここで起こってほしい事象を念じる、お祈りをすればその場でドカン。一気に即効性のある能力に化ける。


 あの電車内での使われ方は反則だが蝶の存在など無くても人間、生きていれば嬉しいことも悲しいことも必ず降りかかってくる。

 それこそ昨日まで幸せな人生だったのに次の日、不運にも事件や事故に巻き込まれて亡くなる人だっている。

 割り切れないものも多いがそれが人生というもの。そこに蝶が介在することによってどんな差異が生じるのか? 

 その運の良し悪しも工藤君が源というなら彼こそ神に最も近い存在ではなかろうか。自然現象ですら自分が原因だと言い張るくらいなんだから。

 じゃあ工藤君が亡くなったら? 世の中の出来事、全ての因果を司どる神がいなくなったらこの世はどうなるのか。

 何も起こらなくなる? そんなはずがない。それなら工藤君が生まれる前は誰が担当してたのかという話になる。

 ……バタフライエフェクトの能力を持った人は一人とは限らないけど。同じ能力を持っている人は小野さんと古谷さん、俺と熊谷さんでも既に確認済みだ。

 その中でも工藤君の力はそんなにたくさん居てもらったら困るほど脅威ではあるが。能力によってレア度ってありそうだな。小野さんと古谷さんの他人のエネルギーを吸収するというのはそれなりにいそう。

 まぁ、レア度も何も能力者自身が何か力を持っていると気がつかなければ始まらないんだけど。

 現段階では能力を持っていると確定しただけで希少だ。それに気がつかず何処かで暮らしている人、或いはもう亡くなってしまった人も一定数いそうなのは想像に難くない。

 この世がそんな力を持っている人で溢れている、当たり前のように認識されているファンタジー世界でもない限りは超能力者が世界を支配する未来は到来しそうにないと思って良いのだが。

 あれこれ巡らせていると熊谷さんのあの発言が引っかかった。

 ——己の潜在能力が何かをきっかけに引き出されるとかはゲームではよくあるイベント。何もなければ認識することすらない、はっきり自覚するまで数年単位でかかるものが、一瞬にして成し遂げられたら?

 そこらじゅうに超能力者が生息して、気に入らない者達を喰らい始めて立場が逆転して食物連鎖、この社会の頂点に立つ……これによって俺が密かに恐れている事態が現実味を帯びることになる。

 そうはならないように善人にしか宿らないんだろう? 

 時代は目まぐるしく変化している——昔と比べて様々な情報、価値観に触れやすくなっている。する人がいないとなぜ言い切れるのか。

 それがであり、今度は橘一馬か。端々の情報をかき集めるとサッカーが上手いってだけで気が強そうだ。スポーツが得意な人は負けず嫌いな性格の人が多い。気に食わないことがあったら我慢せず直ぐさま反論、抵抗するような気質を持っている。

 これまで巡り会ってきた能力者とは真逆のタイプだ。

 女性にモテるってだけでも自分に自信を持っていそうだし、これで能力があると自覚したらどんな使い方をするんだ。そうでなくても工藤君を利用して、己の欲望を満たしている。見るからに危険な兆候だ。熊谷さんが不信を抱くのもしょうがない。

 そこに人生が順風満帆ではないときている。高校を中退している、職場の上司にいじめられている、それで自暴自棄になった人がどんな犯罪を犯してきた!

 橘は危ない、工藤君をそいつから引き離したいが飼い主とペットの関係性のように懐いてしまっているようで説得は容易ではない。

 一度、会ってみた方がいいかもしれないな。このままでは悪い方向に膨らむばかりで一方的過ぎる。

 対話してみればそれは杞憂だったなんてこともある。

 そろそろあがるか。

 浴室から出て用意してくれたバスタオルで体を拭く。洗い流すべきものが落とせて気持ちもリセットできたと思う。風呂に入って正解だったな。

 気合いを入れるように深呼吸して再びリビングへ。顔つきからして入る前とは違うな。

「ありがとうございます。お風呂気持ちよかったです」

「あっ、すみません。工藤君、先に寝てしまいました」

 コントだったらここでズッコケるところだ。

 ははっ。何度目かの乾いた笑い。

 なんか超能力のことなんてどうでもよくなってきたな〜。さっきまで瞑想するように思考してたのが馬鹿みたいだ。

「まっ、俺たちは何かご縁があってこうして出会えた。その出会いに感謝ってことで今日はいいんじゃないですかね?」

「じゃあ、もうお開きってことでよろしいですか」

「超能力を持っている人はペースはすごい遅いですけど、着実に一箇所に集まってきています。年に一回くらいその人達で懇談会するだけでも人生、楽しくなると思いません?」

 いちいち能力の解明なんてせず、そっちの方がどれだけ気楽なことか。誰から頼まれているわけでもないんだし。

「そうですね。仲間同士で集まって話すほど楽しいことはないですよね」

 室内の電気は消される。おやすみなさい。明日も仕事だ。

 

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