バタフライエフェクト(6)

「えっと、バタフライエフェクトとは工藤君が描く壮大な野望の一環ってことでしょうか?」

 熊谷さんはふふっと野太く、気味の悪い笑い声を出す。

「いや、小学生からいきなりそう思ったわけではないんでしょうけど。今となってはそういうことだって解釈しているそうです」たまにはたから見たらなぜそこで笑うのかいまいち理解できない人がいる。熊谷さんがそれだったが触れないでおこう。

「大金を手にしてから工藤君はどう過ごしたのですか?」そう質問すると笑顔から急転、先ほどまでの力のない表情に戻った。本人も恥ずかしいと感じたのか。

「もちろん人生は変わりましたよ。資本主義社会で一番必要なお金を手にしたのでもう恐れるものはなくなりました。中学生から生まれ変わったように勉強に励み学年トップの成績を収めていきます」

 お金持ちになれたのに勉強に励むようになったとはどういうことなのであろうか? 工藤君の行動心理がやはり読めない。熊谷さんは話を続ける。

「お金さえあれば大抵のものは手に入るじゃないですか。しばらくはその力のことは気にせず過ごしていたそうです。ふっ」また表情筋を上げて吹き出す。またどうしたのだろうか。

「いや、もうおかしいんですよ。成績は良いけど相変わらず周りから避けられていたみたいで、なら妙な反骨精神でそれを貫こうと学校行事には全く参加しなかったそうです。修学旅行も文化祭も、体育祭も。あっ体育の成績だけは普通だったんだ。運動は得意じゃないですけど、ちゃんと授業には出てたので。あっその体育の授業でも逸話がありまして、サッカーをやっているのに足でボールをコントロールするのが上手くできないって苛立っていきなり手でボールを持ち運んでゴールに向かったんです」

「それはラグビーの始まりですね」

「ラグビー、確かに! 周りの男子もふざけんなとか言って工藤君を両手でとっ捕まえて乱闘騒ぎになったそうで。くっくっくウケる」

 なるほど。普通、成績が優秀ならそれに比例して学校行事でも中心的な役割を担うことも多いが工藤君は例外だったのか。それにルールも気に入らなかったら平気で破る。

「それで、しかも受験の時は頭の良い奴は、頭が悪い奴と同じくらいろくな人間はいないとか言って、近所の中堅クラスの高校を受けたそうです。就職しなくても暮らしていけるんですから学歴なんて気にする必要ないですもんね。それ聞いただけで先生は大変だったろうな〜って想像できます。テストは高得点を取るので良い成績を付けざるを得ないけど、それ以外の言動は不良並みって。卒業アルバムの集合写真も拒否したそうで、不登校じゃなかったのにそれと同じ扱いで上の隅に写真があって。本当にとんでもない異端児ですよ」

 まるで大物芸能人の波乱万丈人生みたいだな。いや実際に大物なのか。

「聞く分には面白いなって感想ですけど、当事者達はうんざりしてたんでしょうね」

「でしょうね。そんな風に振る舞えたのは、自分の好きなように生きて周りに迷惑かけてもお金はあるから困らないってのが大きかったと思います。両親も仕事辞めて好きなように生きていましたし。お金の力は偉大ですね。おかげで孤独にも耐えられたそうです」

 う〜ん、要はお金があったから頑張れた、耐えたって結論になるとそれはそれで味気ない気が。お金がなかったらどうなっていたんだろう。

「やはり世の中、お金ですか」俺は空気が抜けるようにそう漏らしてしまう。

「でも工藤君は偉いというか凄いと思います。何がきっかけであれそれで勉強するようになったんですから。普通、幸運だけでお金持ちになっちゃうと贅沢三昧で、お金を使い果たして残ったのは借金となるのが定番なのに逆に努力するようになったんですからね。工藤君、小学校では興味があるのは生き物だけで理科以外はできなかったみたいです。それが、勉強が格段に難しくなる中学生から巻き返したんですから」

「ご両親も派手にお金を使わなかったんですか?」

「はい、働かなくても屋根のある安全な所で満足にご飯が食べられる、これ以上何を望むって思想らしいです。多少、趣味や服にお金をかけるようになったみたいですけど手に入った額を考えればかなり控えめみたいですね」

 働かなくても生きていける……おっしゃる通りこれ以上ない幸せだよ。

「そんな欲のない工藤家が熊谷さんになぜマンションをプレゼントしたんですか?」

「なぜでしょうね。私は初めてあの蝶が見える人と出会ったってことで特別扱いしてくれていると思っています。『あの蝶が見える人に悪い人はいない』根拠はないですけど、そんな信念みたいなのを持っているそうです」

 ……俺は小野さんのあの言葉を思い出した。

「では、今度は工藤君と熊谷さんの出会いを聞かせてください」

「出会い……」首を傾げ困った顔をする熊谷さん。

「大したことは話せません。大学内を歩いていたら工藤君がスキップしながら数羽の蝶と戯れているのを見て大声を上げてしまいました。見るからに蝶も工藤君に懐いているようだったので。蝶を手懐けるっどういうこと!? って仰天しましたよ」

 その姿をイメージするだけでホラーとも取れる光景だ。しかも周りは蝶は見えていない。変人としか思われないだろう。

「コミュニケーション能力の低い私でも初対面の工藤君になりふり構わず声をかけてしまいました。それで工藤君は蝶が見えるの? って満面の笑みを浮かべます。そこからなんやかんや親しくなったって流れですね」一瞬顔が歪む。なんやかんや、の部分に相当な苦労が滲み出たような。

「ははっ。ちなみに大学はどちらに? また適当な大学に進学したのですか」

「いえ。大学は比較的、自主的に過ごせるし難関大学の方が設備など充実しているだろうってことで学力に見合った所を選びました。具体的には挙げませんけど東京六大学のどこかと思っていただければ」

 具体的には挙げないと言いつつ既に六校に絞り込まれていた。ってことは熊谷さんも秀才なのか、そうですか。

 ここまでの話で変わり者、絡みづらい人物だと実に伝わったが金持ちに高学歴、工藤君は紛れもなく人生の成功者であることに妙な敗北感がわく。これは嫉妬なのかな。

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