バタフライエフェクト(5)

「お金持ちは工藤君の方でしたか」

「そうですね。もうあと先考えず散財しなければ、いえ大規模な投資詐欺に遭ったり事業に失敗しなければ死ぬまで働かなくても良いくらいの大金を手にしています。しかし、」わざわざ言い直したってことは自分のためだけに使う分には、寿命が尽きるまで使い切れるのか分からないくらいの金持ちなのか? 羨ましい話をしているのに熊谷さんの気分が沈み気味なのが俺はさっきから気になっていた。

「まっ、中へ入りましょう」

 玄関の電気が点けられた。廊下が長い。ちょっと先へ行けば右側にも広いスペースがあると分かる。洗面所だろうか。リビングなどの部屋は更に奥か。

 壁を突き当たり左へ曲がるとそのリビングへと繋がるドア。

「今、何か飲み物をお出ししますね。暖かいのと冷たいのどっちがいいですか?」

「冷たいので」

 ちょっと素っ気ない返事になってしまったことを悪いと思いつつ、中へ入った途端に俺は部屋の壮観さに目を奪われていた。そのまま真っ直ぐ進み窓の方へ。これが三十階からの眺めか。遮る建物は何も無く、街の地平線が遠くに見える。その上には山々が。

「天気が良い時は富士山がひょっこり見えるんですけどね。東京都心のマンションじゃないので期待するような夜景は臨めないですよ」

 それは謙遜ではなかった。建物の明かりが点々としているだけ。それでも視線の高さが違うだけでさっきまで地に足を着けて歩いていた街だとはとても思えない。

「なんでここにしたんですか? 比較的、静かな所がよかったからですか」

「あっ、実家がここから歩いて十五分ほどの所なんです。まだ出て行くなんて頭になかったのにこんなものをプレゼントされたので。いつでも家族に会える近さならいいかなと思って」

 一つのコップが真ん中に設置されてあるテーブルに置かれた。その透明なコップには半透明のスポーツドンク系であろう飲み物が注がれていた。俺は窓から離れて絨毯の上に胡座をかいた。

「ソファに座っても良いんですよ」

「いえ。ここまでずっと床に座ってご飯を食べていたので、こっちの方が落ち着きます」

 ソファを背にしてもたれる。天井を見上げる。豪勢な部屋に対して俺は何かが欠けているような虚しさがあった。

 さて本題に入りますか。頂いた飲み物を一口くっといれて斜め向かいのソファに座っている熊谷さんに投げかける。

「この短時間で色々な非日常が駆け巡って疲れました。でも横になる前に最低限のことは教え合いましょう。こんなマンションを他人にあげられるくらいお金持ちで、何よりとんでもない超能力を持つ工藤君って何者なんですか?」

「何者……私も大学生から知り合ったのでそこまで詳しくはないのですが、とにかく変わり者ですね。どちらかと言えば悪い意味で。それで幼い頃から避けられて友達がいなかったみたいです」

 聞き方が悪かったと反省。とりあえず工藤君の性格とか交友関係のことは脇に置いておく方が時間がかからない。単刀直入に聞こう。

「その工藤君が、バタフライエフェクトと名付けた能力に気がついたのはいつ頃なのかは知っていますか?」

「わりと早くには何か引っかかっていたみたいです。それこそ記憶が微かに残っているくらいの小学一年生の頃から違和感、みたいなのはあったとか」

「どういう時にその違和感を?」

「何か、自分にとって良くも悪くも大きな出来事を起こした時に決まってその後に、これまた良くも悪くも大きな事が起こったとは言っていました。その流れが何度も続いたので、ふとこれは自分の影響で起こっているんじゃないかと胸がソワソワしたらしいです」

 これは自分のせいで起きたものと直感した。小野さんから聞いた話と通ずるものがある。

「それが確信に変わったきっかけは何ですか?」

「あの蝶です。小学生六年生の時にあの蝶が初めて工藤君の目の前に現れたのです。それはどうやら自分以外には見えてなさそうだ、そうと分かってからいよいよこの能力の自覚を始めます」

 この変化はということか? 小野さんもある日を境にグレードアップしたと言っていた。

「年齢を重ねるごとにその能力が目に見える形で表れて自覚するようになった、これは他の人にも共通することです。ただ工藤君は年齢的にそのスピードが早いような気がします」

「他の人って安原さん、他にもそんな知り合いがいるんですか?」

「えぇ、俺を含めて四人ほど同士がいます。熊谷さんと工藤君を入れたら六人です」

「その人達はどんな力を?」

「それは後回しにしましょう。今は工藤君のことをもう少し聞きたいです。そこからどうやって完全に自覚するようになったのですか?」

「それは偶然ですね。蝶が現れて昆虫、生き物が大好きな工藤君は無邪気に大はしゃぎしました。それをお父さんに見せようとしたら、たまたまロト6の数字選びをしてたそうです」

「ロト6って、あの宝くじの?」

「はい。それで後にしろって相手にされなかったのですが工藤君は一等が当たるように願いました。あの蝶と共に……」

「まさか……」

「そのまさかです。なんと工藤家は見事に一等を当てました。キャリーオーバーも発生してたらしくとんでもない金額だったそうで」

 それが金持ちの理由か〜このマンションに来てから何かが足りない、その原因を突き止めたぞ。

 それは金持ちのオーラがないだ。

 はっきり言って熊谷さんには申し訳ないが、なんでこんな大人しく、物静かな人がこのタワーマンションに? とはずっと思っていた。

 この女性の横にビジネスで大成功した工藤家、その息子が並ぶとはどうも合点がいかない。身の丈に合わない金を手に入れてしまったってだけなんだな。

「バタフライエフェクトとは自然現象を引き起こすだけじゃない、魔法の力って言ったのはそういうことでしたか」

「そうなんです。こう聞くと願いを叶えてくれる蝶って思いますよね。当時の工藤君も一等が当たったのはこの蝶のおかげだって疑わなかったそうです」

 そうなってくると、正確にはどういった能力になるのか? この話は工藤君が小学生の頃の話だが。

「今は一体、どういう能力だって解釈しているのですか? なぜこれをバタフライエフェクトと名付けたのですか?」

「バタフライエフェクトって、一つの小さな行動をどんどん積み重ねていって、やがてそれが世界をも動かす大きなうねりを生み出すって意味で使われることもあります。工藤君はそんな世界を震撼させるような野望を持っているそうです。あそこで大金を手にしたのは、その一歩に過ぎない。その想いから名付けたと言っています」

 工藤君の人物像が見えてこない。生き物、昆虫が大好きな少年。宝くじに頼って人生を豊かにしようとする父親、どこでそんな野心を持つ子供に育つのか?

 

 

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