バタフライエフェクト(4)
それなりに急な坂を登り切った時に振り返り上を見上げた。あぁ、すごい高いマンション。何階くらいあるんだろう?
人生勝ち組の象徴のような高層マンションがそびえ立っていた。
こんなマンションを目の前にすると一度でもいいから中はどうなっているのか入ってみたい、と咄嗟に思った。以前から憧れていたとかではなく、ただ純粋にポロッと出ただけなのだが。
「ここが私の住んでいる所です」
うん? どこだ。
辺りは歩道、その道沿いには見渡す限りドラックストア、コンビニしかないけど。正面は柵を挟んで道路だ。この時間帯でもそこそこ車の通りはある。
「では入りましょうか」
彼女が向かって行く先を見た時に首が突き出た。漫画だったら目ん玉も飛び出ているかもしれない。
暖色系の光が灯っているエントランス。我々、庶民には足を跨ぐことさえ許されない透明のバリアが張られている先の石段へ、スーッと通り抜けた。
「えっ、えっ」
アホ丸出しみたいな顔で意味のない声を発しているうちにも彼女は先へ進む。俺は彼女、さっき知り合ったばかりの熊谷さんの元へ駆け寄った。
「ここがお住まいですか」
いきなり目上の人を敬うような口調になっていた。
「まぁ、驚きますよね。こんな高層マンションに住んでいますってなったら」
と言いながら操作ボタンが配置されてある銀色のパネル前に立ち番号を押す。やっぱりオートロック式であった。ガラス扉を潜り、そこにはホテルのロビーとなんら変わりのない空間が広がっていた。
人は不在だったが受け付け窓口もある。あそこにコンシェルジュって言われる人が座るのか。
四基あるエレベーターの内、一番奥のドアへ行き熊谷さんはボタンを押して呼び出す。エレベーターはあっという間に一階へとやって来た。
中へ入る。さて、果たして何階へ連れて行ってくれるのか……何階でもいいことなのだがこれだけ階数が多いと無意識に気になってしまう。
ポチ。熊谷さんは三十という数字が記されているボタンを押した。どうやらこのマンションは三十五階まであるらしい。その中の三十階か〜眺めはどんなもんなんだろう。
俺はなぜ熊谷さんの自宅へ招かれることになったのか、その当初の理由も吹き飛び心踊っていた。
そう、俺は遊びに来たわけではない。女性の自宅へ招かれるのはこれが残念ながら初めてのことだが、ロマンスな展開など微塵も期待していない。それは熊谷さんも同じだろう。
これから打ち明けることは外で立ったまま話すことではない。時間帯的にも遅いということで熊谷さんのご厚意で今日は泊めてもらうことになった。
「これだけ高い所に住んでいると昇ったり降りるの大変じゃないですか?」
「いえ。ちゃんと高層階に住んでいる人、専用のエレベーターがあるのでこれは三十階より上に住んでいる人しか使えませんよ。それより下には停まらないようになっているんです」
「なるほど」
専用エレベーターなんて庶民には縁のない言葉きた〜。これぞ金持ちにしか受けられないサービスの一つだろうな。思えば展望台が売りの商業施設に入った時にもそんな特定の階にしか停まらないエレベーターがあったかもしれない。
エレベーターから出ると右の壁には絵画が飾られていた。廊下を歩くとカツカツと鳴り響く靴の音。ホテルでもこんな広々とした廊下を歩いたことがないかも。
「ここです」
いよいよ中へ入る。
「ここにご両親も住んでいたりするのですか?」
「いえ、恥ずかしながら今は基本的に私一人です。なんでこんなでかいマンションに一人で住んでいるんだって話ですよね」
まさに一人暮らし用のマンションにはとても見えないので一人で住んでいるわけがない、誰かしらに挨拶をしなければという心構えでいたがまさかの一人暮らしだった。
「えーっと、もしかしてご両親はとんでもないお金持ちですか?」
娘にこんなマンションを与えるなんて。じゃあ実家はどんだけ豪華なんだ?
「違うんです。このマンションは工藤君からのプレゼントです」
ははっ。乾いた笑い声が内にこだます。バタフライエフェクトと名付けられている規格外の超能力が使える工藤君は人間世界でもとんでもない大物だったか。
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